猫と、来訪者
ミッガ王国内の内乱は続いている。奴隷たちは反乱を起こし、自由を求めている。
そんな状況下の中で、奴隷として人間に使役されている者たちは酷い扱いを受けている。奴隷たちが反旗を翻し、その結果捕らえられている者達の扱いは悪化している。だから内側から俺は彼らを助けたい。
奴隷になった者たちは総じて、生気のない瞳をしている。人間たちに捕まった絶望から、前を向く事を諦めてしまっている。そんな中でこんな風に動いている俺は珍しいのだろう。
正直、心が折れそうな気持もある。あの第七王子も行方不明になってしまった。行方知らずになっている第七王子は生死さえも定かではない。そんな状況で俺の思惑を知っている者は周りにはいない。王侯貴族たちに俺の危険な思惑を知られるわけにはいかない。
第七王子に関しては、死んではいない……となんとなく思っている。生きて、何かしらの行動を起こしているような予感がひしひしとしているのだ。時折諦めた方が楽なのではないかと言う気落ちには苛まれる。でも、俺はこの状況を諦めたくはない。
――反乱軍にとっても、俺は敵のように見えるだろう。お嬢様には気に入られているが、敵は多いと言えるだろう。まぁ、逃げ出してもおかしくない状況でお嬢様を助けて戻ったということで、裏切らない奴隷としては認識されているようだが。
「ふふ、ダッシャは本当に綺麗な顔しているね」
「ありがとうございます」
お嬢様は相変わらず俺の顔を気に入っている。俺がお嬢様を助けてからというものの、余計に俺に対して心を許している、というか恋慕にも似た気持ちを抱いているようだ。
流石に体の関係はないが、そういう関係をやりたいと望んでいるのは見て取れる。正直、そんな事態になればこのお嬢様は貴族としての利用価値を無くすことだろう。
もしこのお嬢様に令嬢としての価値がなくなってしまったら、こうしてこんな風に動けなくなる。だからお嬢様が幾ら望んだとしてもそういうことは絶対にしない。それ抜きにしても好いてもいない相手とそういう行為はしたいと思わない。
お嬢様の事を好きなふりをしながら優しくして、自分の立場を少しでも良いものにしようとしている。
そうやって自分を演じるたびに、自分が汚くなっていくような気持ちにはなる。獣人の村で穏やかに過ごしていた時からは考えられないような暮らしだ。結局母さんと姉さんには会えていない。二人が生きていればいいのだが。
反乱軍達の内乱が起こっているとはいえ、王侯貴族たちの力は強大だ。幾ら反乱軍の者たちが数を増やしても、奴隷たちを解放していっても――それを圧倒できるだけの力が国にはある。国と言う力はそれだけ強大だ。
加えて俺は会った事はないが、ミッガ王国の王は反乱する相手に容赦のない男であるという。これはお嬢様が言っていた。お嬢様は王に一度だけ会った事があるようだ。貴族の令嬢として謁見する場があったらしい。あとはお嬢様の両親からの話から王がそういう相手だと分かるようだ。
「ダッシャも悲しいわよね。同じ獣人の者達が私達に剣を向けるなんて。私も悲しいわ。ダッシャと同じ獣人なら出来れば殺したくはないもの。私だったら上手に飼ってあげられるから、お父様に反乱軍はなるべく殺さないで私が飼えないかは交渉してみるからね」
ふふふと笑うお嬢様は、国が反乱軍に勝つ事を疑っていない。反乱軍はあくまで反乱軍でしかなく、王侯貴族にとっては取るに取らない存在である。屋敷が襲われたりしたものの、お嬢様にとってはすぐに鎮圧されるべき存在なのだ。
……俺としては鎮圧されたら困る。とはいえ、影響力がなさすぎるからどう動くべきか相変わらず悩んでしまう。
お嬢様のおかげで少なからず貴族たちと知り合いになる事は出来たが……、俺がもっと獣人たちのために動くためにはどうしたらいいのだろうか。
そんな風に考えている中で、予想外の人物が来訪してきた。
夜。——空が暗くなった時間に、俺は屋敷内で眠っていた。そんな中でコンコンッとノックがされたのだ。
今、俺がいる場所は三階だ。逃げ出さないように処理をされ、お嬢様の部屋の近くの部屋で眠っていたのだが、驚いて窓を覗く。
――そこにいたのは、あの竜族だった。
驚いて声をあげそうになったが、なんとか留まる。声をあげてこの竜族が殺されてしまったら寝覚めが悪い。
「――何をしに、此処に?」
「そう身構えるな。別にここを襲撃しに来たわけではない。お前に関心を持ったからここに来た」
竜族はそう言って、俺の方を真っ直ぐに見る。俺に関心を持ったとその竜族は言う。
――そして彼は俺に語り掛ける。
「さて、お前は何を考えているんだ?」
そう問いかけてくる竜族に俺は、答えた。
――猫と、来訪者
(猫は敢えて逃げる事なく、その場にとどまる。令嬢に愛を乞われながらも自身の目的のために動いている。その場に来訪者が訪れる)




