王女と、姉
私、ニーナエフ・フェアリーは緊張して胸が締め付けられる。
神子様に対して意見を言いに行くのが今日なのだ。神子様は相変わらずのままである。大神殿にいる他の人々も神子に疎まれ、神罰が下ることをおそれてか、何か思うことがあっても意見を言えない状況らしい。それだけではなく、大神殿は信仰心が大きい人が多いのもあって神子である神子様の意見は絶対的で、神子様が行うことを咎めてはならないといったことを本気で思っているものも多いと聞く。
それだけでも、決意をしたとしても神子様の元へ諫言を行いに行くことに竦みそうになる。
神子とは、王族でさえも口出しすることが難しい存在なのだ。神子。神の子。神の愛し子。神子の存在は、広く広まっている。神子が存在した国はそれだけの恵みを受け取っているから。だけれども、神子とは実際にはどういう存在であるのかというのがわかっていない。何をすれば神罰が下るのか、そもそも神罰はどういうものなのか、そういうことが分からないからこそ、私は神子に諫言をすることが怖いなと思っているのかもしれない。
第五王女という、特に不自由もないけれども、自由もない。何れ、どこかに嫁いで、国のためになる。国の駒になる。私は、それだけの存在。それが、決められて、自分の手で何かを成し遂げるようなそんな自由なんてない。
「……緊張するわ」
「ニーナ様、頑張ってください」
第五王女である私に仕えている侍女の数は少ない。その中で私に本当の意味で仕えてくれているのは一人だけだ。私が神子に諫言をすることが決まって、私が神子の癇癪をかって、切り捨てられるだろうということがわかってからは、他の侍女たちは私の側には居ない。お父様も……、私の言葉で神子様が変わるとは思ってはいないだろう。だから侍女たちの次の出仕先も考えている。
今、傍にいる侍女だけは、私にずっとついてきてくれるとそういってくれた。そのことが、本当に心強かった。私は……もし、失敗したとしても一人ではない。
お父様は、私を切り捨てるとしても件の女史のように放逐するということはないだろう。仮にも私は王女だから。その時には誰かを付けるだろう。だけど、私の本当の味方である存在は、その中でどれだけいるだろうか。その中で、この子が、ついてきてくれるといってくれたことに、本当に安心した。
「ええ」
「例え、ニーナ様が上手くいかなくても、私はずっと、ニーナ様のもとにいますから」
「ええ、ありがとう。大好きよ」
「わ、私も大好きですっ。ニーナ様!」
私の言葉に、侍女は笑みを溢してそう返してくれた。
そして、私は、神子様と対峙する。
大神殿の一番奥に位置する部屋に、神子様は居た。神子様は、評判通り平民として生まれたのが間違いなのではないかと思えるぐらいに綺麗な顔立ちをしていた。王女だといわれても疑うことが出来ないほどの美しさ。
その後ろには、何人もの女性神官が控えている。神子様の面倒を見るために厳選された彼女たちは、信仰心の強いものたちが多い。だからこそ、神子、という存在を誰よりも絶対視している。神子という存在を守るためならば、王女である私に対して警戒する視線を向けることも躊躇わないぐらいには……。
正直な感想を言うと、神子様の後ろにいる神官たちの目が怖い。王族として悪意を向けられたこともあるし、大変な目にあったこともあるけれど、それを抜きにしてもこんな風に敵対心を向けられてしまうと恐ろしいと感じてしまう。
「お初にお目にかかります、神子様。私はフェアリートロフ王国の第五王女であるニーナエフ・フェアリーですわ」
自分の名を名乗り、挨拶をする。
それに対して神子様は、
「ああ、そう。私はアリス。神子なの!」
と答えた。
まだ七歳、私より三歳年下で、子供。平民として生きてきたから礼儀作法が学べていないのは仕方がないことだ。ただ、問題なのはそれらを自分から学ぼうという意識が、神子様にはないということ。
「ええ、貴方様が神子であることは存じておりますわ。神子様、私は神子様にお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「いいわ!」
「どうして学ぼうとなさならないのでしょうか。神子様はこれから公式の場にも出ることもあるでしょう。ならば、礼儀作法やこの国の勉強など学ばなければならないことは沢山あります」
と、言った段階で神子様の後ろの神官たちの目が鋭くなった。怖い。でも、私はお父様に頼まれたことを成し遂げたかった。
「私はそんなもの嫌いだもの!」
「嫌い、だからとやらないのは駄目ですわ。貴方様は、神子としてここにおります。只の平民であったのならば必要がないことも、神子としてはやらなければなりません。神子様、貴方には、力があります。貴方は特別な存在です。でも、だからこそ……学ばなければならないのです」
特別であるということ。そこには苦労が伴うものだ。
神子は誰よりも特別で、誰よりも特別な力がある。でもだからこそ、学ばなければならない。自分が行動することによってどのような結果をもたらすのか。
「何でよ! 私はやりたくないの!」
「やりたくないから、やらなくて、それで大変なことになるかもしれません。神子様は……例えば、神子様が学ばなかったことでご両親を傷つけてしまったとしたら、嫌でしょう? そうならないためにも——」
「なんで?」
「なんで、って……」
「私はやりたくないことはしないわ! それに両親っていうけど、私は神様の子供なんでしょ? 私がやったことでどうなっても仕方がないことだって皆いってるもん!」
「なら――」
「煩いわ! 私にそんな風にいっていいと思っているの!? 私にそんなこというと、神罰が下るんだから!」
一生懸命伝えようとしたけれど、伝わらなかった。
神子だから、何をしてもいいという考えを大神殿の神官たちは神子様に言い続けたのだろうか。この神子様の場合、育った環境にも関係があるのかもしれない。生まれ育った村で、神子様はどのように育ったのだろうか。
神罰が下るんだからって、誰かが傷つくことが嫌だなんて欠片も考えていない。そんな神子を見てこの国の行く末を思うとぞっとする。
「王女とはいえ、神子様にそのようにいっていいと思っているのですか?」
「お引き取りを願います」
「神子様、神子様のわずらわしいものは私たちがどうにかしますからね」
「だから、私たちに祝福をくださいね」
神官たちは口々にそういいながら、私の事を追い返した。
「……酷いものです」
「ええ……」
「ニーナ様、大神殿は大分腐りきっているよう、ですね」
「ええ……」
侍女と思わずそんな会話をしてしまう。
神子様は、思ったよりも話が通じない子供だった。いっそのこと、大神殿から一度離して、味方が誰もいない場所に放り出すとか、そういうことをしなければあれはどうにもならないのではないかと思う。でも神罰が下るかもしれないということで、それを誰も進んでしようとはしない。
神罰を、恐れている。
「……もう、駄目かもしれないわね」
「何がですか」
「この、国よ。私はこの国が好きだけど、でも……駄目かもしれないわ。神子様の一言で、揺らぐような国になるんじゃないかって、思うもの」
まだ神子様にお会いする機会があれば何度でも言葉を交わしたいと思う、それこそ納得してくださるまで。だけど、もう私は神子様の元へお目にかかれないだろう。私が神子様を怒らせたことはお父様に報告されるだろうし、私も……王都にはいられなくなるだろう。神子の反感をかった存在なんて、王国民にとっても敵でしかないのだから。
この国の未来を思う。
この国は駄目になるのかもしれないと、そんな予感が漠然として、私は悲しくなった。
それから王都に戻った私は、辺境の地へ追いやられることが決まった。
―――王女と、姉
(第五王女様は、この国の未来を憂う)




