少女と、絵本 2
神子の絵本を作る、となった時に興奮していたのは神官であるイルームさんや民族の人達であった。フィトちゃんも興奮していた。そういえば、フィトちゃんとイルームさんの邂逅は思ったよりもスムーズに進んだ。
フィトちゃんが『神子の騎士』になったからというのもあるけど、イルームさんはフィトちゃんの事もキラキラした目で見ていた。神の娘――という紹介はしなかった。それはフィトちゃんと話し合って決めた事である。もし神の娘、という紹介をしていればイルームさんはややこしい感情を抱いた気がするから。
私にとってはあまり気にならない事も、イルームさんは気にするかもしれない。信仰される、という事はそういう事を考えなければならないのだ。そういうことが上手く出来るようになれば、私は成長出来ると思う。
「どういう絵本の中身にしましょうか。レルンダの実際の話をベースにするとはして、童話風の物語にするのがよろしいかとおもいますが」
「そうですね……。私共が神託をしてレルンダ様を迎えようとして、だけど間違えてしまった。ああ、考えるとなんて愚かしい真似をしてしまったのでしょうか。私があの時にもっときちんとレルンダ様の見た目などをお伝えする事が出来れば……レルンダ様は苦労をしなかったかもしれないのに」
「……えっと、私は、引き取られなくてよかったと思う。捨てられなかったら、私は……皆に出会えなかった。今がなかったから。だから、そんなこと、思わなくていい」
ランさんの問いかけに、イルームさんが興奮したように言ったかと思えば申し訳なさそうな顔を私に向けてきた。
私はその申し訳なさそうな表情を向けられたくないと思った。私は捨てられた時は本当に悲しかったし、これからどうなるのだろうかと不安が湧いて仕方がなかったけれども、それでも私は捨てられなければ皆に出会えなかったから。
私は皆が大好きなんだ。
こうして皆と出会えて、こうして暮らせていけるのは捨てられたからだ。
グリフォン達や、シーフォ、ガイアス達、フレネ、シレーバさん達、フィトちゃん達、沢山の出会い。その出会いがあったのは、私が捨てられたからなんだ。それがなければ、今はない。
そう思うと、捨てられて良かったというのはおかしいかもしれないけれど、私は皆に出会えて嬉しいのだ。
「レルンダ様……っ」
何だか、イルームさんが感動したように声をあげている。イルームさんの感動ポイントが一切分からない。
「えっと、私が捨てられた時から?」
「ええ、そうですね。そのあたりの話をまず絵本にしたいですね。その場合、神子として引き取られていたアリスについても触れることになりますが」
ランさんの言葉に、イルームさんが食いつく。
「アリスですか……とても我儘で神子として相応しくない少女でした。私はあれが神子かと本当に絶望したものです。私の敬愛する神や神子がアリスのようなものだと衝撃でした。それが本当の神子様がこうしてここにおられて、このように慈愛に満ちておられて私はどれだけ嬉しかったか。アリスがどれだけ不敬な事を行ったのか。それもきちんと書いてこそだと思います。アリスが本当の神子ではないというのは私が国を出るときには大神殿では把握している事でしたが、現状、まだアリスが神子を名乗っているかどうかが分かりません。もしそんなことをしているというのならば、本当に大神殿もなんということを——。アリスが居たために本当の神子であるレルンダ様がどれだけ大変な目に遭っていたのか」
「ええっと……私は、姉に対して悪い感情持ってない。私は、姉をイルームさんが感じているような事、感じてない」
私はイルームさんの言葉を聞きながら姉の事をどう思っているか、改めて考えた。私は姉の事を、憎んだり、嫌ったりはしていない。姉に対して、悪い感情を持っていない。姉は、ああいうものだとそう思っていた。姉は私にとって、姉でしかない。不敬とか、怒りとか、そんな感情は一切ないのだ。
うん、だから——イルームさんは制作する絵本の中で姉の事を悪く書きたいとか、そんな風に思っているように感じるけど、私はそんな風に書きたくない。そもそも、そんな風に誰かの印象が悪くなるような事をしたくないとも思った。
「……絵本、作る場合は姉の事は軽く書いたらいいと思う。姉が居て、私は捨てられた。それだけでいい。私にとってはレイマー達と出会えた事とかのが姉の事よりも、重要だから」
姉が居て、私は捨てられた。それ以上の情報は作る絵本にはいらないと思うのだ。私にとって重要なのは、レイマー達やガイアス達に出会えたことだから。その言葉にまたイルームさんがなんか感涙極まっていたけれど、そんなイルームさんを気にもせずにランさんは私の方を向いて話を進めた。
「そうですね。ではまずは、こういうのはどうでしょうか」
ランさんはその思いついたものを私に教えてくれる。
『あるところにとある姉妹が居ました。
姉はとても美しく愛され、妹はその影で生きていました。
たった一人で生きていた少女の生活は、姉が神子として引き取られて変わります。
少女は捨てられました。
一人ぼっちの少女は森の中で心優しい魔物と出会いました。
心優しい馬に出会って、少女は笑みを零しました。』
「こんな風に簡潔にイラストを付けて、絵本として形にするだけで良いと思うのですよ。必要以上に文章で表現する事は必要がありません。絵という形で表現をして、短い文で物語の中に読む人を引き込むこと。それを目的として、シーフォとレルンダが出会い、シーフォとお友達になるまでで良いと思います。アリスに対する悪感情を抱くような表現は必要ありません。それで、どうですか?」
「うん、いいと思う」
ランさんは興奮しているのか一気に言った。
私はその言葉に頷いた。シーフォとお友達になるまでの絵本、どんなものになるだろうか。
―――少女と、絵本 2
(神子な少女は、絵本の中身について話をする。その絵本がどのように出来上がるのか、少女は楽しみでならない)




