少女と、獣人の村 4
10月9日 二話目
「ん……」
目をゆっくりとあける。
見えるのは、天井。
知っている天井。薬師さんの家。
あれ、私、何で眠ってたんだっけ。頭がくらくらする。起き上がろうとすると、力が入らない。こんな状況、初めて。
病気とかになったこともなかったから、ちょっとびっくり。
なんで、こんな頭が痛いんだろう。私、なんかしたっけ。
そんな風に思っていたら、扉が開いた。
「あ!」
それと同時に、ガイアスの声が聞こえてきた。
「目が覚めたんだな! 良かった……」
「ん。私、……どうした?」
「覚えて、ないのか?」
「ん……、どう、したっけ」
寝転がったままの私の側に、ガイアスが近寄ってきて、話しかけられた。
私はどうしたのだろうか、考えるけれど正直よく分からない。頭が痛くて、思考がまとまらない。
「……レルンダさ、治したんだよ。怪我」
「なおし、た?」
「そう。死ぬかもしれない怪我、光ったかと思ったら、大怪我治ってさ。それでレルンダが倒れたんだ」
それを聞いて思い出した。
そうだ、よくしてもらっている獣人のお兄さんが大怪我をして、それが嫌だと思って。そしたら———。治ったって。怪我、なくなった? よくわからないけど。
「……生きてる、なら……よか、った」
良かった。そう思う。
優しい人が居なくなるの、嫌だって思ったから。良かったって、そう思った。
「レルンダが倒れたの、多分、治ったからだっていってた」
「……私、なんか、した?」
願って、なんか光って、倒れた。正直、何が起こっていたのかも全然分からない。
神子、だから? 本当にそうなのかは分からないけど、そうかもしれないって思いがまた強くなった。
「レルンダ、魔力あるって。父さんたちがいってた」
「魔力?」
神子って、凄い魔法使ってたりって思ったからあるのかもってはちょっと思ってた。でも学んできてもいなかったし、使えるとは思ってなかった。
「それで、あれだけの怪我治したから、魔力切れで倒れたんだろうって……」
「そう、なの」
魔力切れ。
魔法。
だから、こんなに頭がくらくらして、体に力が入らないのか。
魔力切れって、こういう状況になるんだ。
でも……、死ななくてよかったってそう思う。
「レルンダ、あんまりああいうことしたら駄目だぞ?」
「……なん、で? 助かるの、いいこと」
「いや、そうだけど……。レルンダは子供で、魔力だってそんなに多くないはずだって父さんいってたぞ。魔力切れって、レルンダは倒れるだけですんだけど、死んじゃう時もあるんだって言ってた! だから、そんな無茶したら駄目だ」
ガイアスに怒られた。
そうなんだ。倒れるだけで済んだけど、死んじゃう時もあるんだ。そんな無茶したから、頭が、ズキズキするんだ。起き上がる力も入らないんだ。
でも、どうして、怒るんだろう。
私はそんな風に感じてしまう。
「……でも、私より……皆が、助かる、いいこと」
だって皆優しい。優しくて、温かくて。心がぽかぽかして。皆のこと、大好きだって、短い間でも思って。だから、大好きな人たちが、死ぬのなんて、嫌で。
「……それに、私、多分……、死なない」
多分、だけど、こういうことで死なない、と思う。今までどうなるんだろうって思った時でも、私はなんだかんだ生きていて。寧ろいい方に動いていて。
だから、私は多分、死なないだろうし、私がちょっと大変になっても、それで、温かくて、大好きだなって思う人たちが生きられるならそれでいいんじゃないかってそう思った。
「そういうことじゃないだろ!」
って思ったのに、ガイアスに再度怒られた。ガイアスにこんな風に怒られてびっくりしている。ガイアス、こんなに怒ることないのに。なんでだろう。
「レルンダ……、何で怒られているか分からないって顔している」
怒鳴ったあと、ガイアスが呆れた声で言った。
もう怒ってないのかな。でも、何で怒ったんだろう。
私に魔力があって、魔法で誰かを治せて。私はちょっと倒れてしまうかもしれないけど、多分死ななくて。それなら、いいことなんじゃないかって思うのに。
「ん。……わかん、ない」
「はぁ……レルンダさ」
「うん……」
「俺たちのこと、好きか?」
「ん」
「この村のことも?」
「ん」
「死んでほしくないって、思ったから魔法は発動したって、多分、そうだろうって父さんたちいってた」
「や、だったから」
「あのなぁ……、それ、俺達もレルンダに思っていることだからな?」
「ん?」
皆が大好き。温かくて。優しくて。一緒にいると、嬉しくて。だから、居なくなるの嫌だって。いやだって思って。願って。
それは私の中にある気持ち。私が、感じている気持ち。
それを、皆も、私に、思っている?
「レルンダはさ、何でか知らないけど自分は死なないって確信しているみたいな言い方したけど。絶対ってことはないだろ。次にレルンダが、その魔法使ったら、レルンダ死ぬかもしれないんだぞ?」
「……ん」
「死なないにしても、今みたいにさ、起き上がれないぐらいになるんだぞ? 自分じゃ分からないかもしれないけど、凄い青い顔しているし」
そうなんだ。自分がどんな顔色なのかも、全然分かんない。私は、ガイアスの言葉を聞いている。
「そうなったら俺達だって嫌だってこと、わかるか? レルンダが倒れた時、皆心配していたんだぞ? レルンダは自分が倒れても皆が治った方がいいってそんな態度しているけど、もっと自分のこと、大切にしろよ。もっと……俺たちが、レルンダのこと大切に思っているって、自覚しろよ!」
ガイアス、怒っている。
でも、怖くない。
私のこと、心配している。
私のこと、大切だって言っている。
「レルンダだって、俺が大丈夫だって言い張りながら父さんたちの狩りとかについていって毎回怪我して帰ってきたりしたら嫌だろ?」
「うん……」
「レルンダがいっている、大丈夫って、そういうことだからな?」
私、ガイアスがそんなことしてたら心配する。やめてほしいって思う。ああ、そうか。それと同じ気持ち。私が、大切だなって思うのと、同じ気持ち。感じて、くれているんだ。だから、怒っているんだ。
私が、自分のこと、大切にしていないって。
そんな風に怒られるの、初めて。こんな風に心配されるの、初めて。大切だって、言われるの、初めて。
「って、レルンダ、何で泣いてんの!? ごめん、俺言い過ぎた!? でも皆だって、その、俺もレルンダのこと、た、大切だから、無茶しないでほしいんだよ!!」
私、泣いている。涙なんて、全然、流したことなかったのに。でも、悲しいとか、そういうのじゃない。
「ちが、う。うれ、しい」
「嬉しい?」
「ん。うれ、しい」
嬉しいんだ、私。心配なんだって、怒られたこと。大切だって、口にされたこと。こんな風に、温かい叱り方、されたの初めて。
両親も、村人たちも、こんな怒り方しなかった。こんなに温かくなる、怒り方しなかった。
嬉しい、んだ。
大切だって示してもらえたことが。こんな風に、怒ってくれることが。
「ガイアス、私の、こと、大切」
「お、おおう」
ガイアス、照れてるのかそっぽを向いたけど、ぴくぴくと耳が動いている。
「それ、……うれ、しい」
嬉しい。嬉しいって、思って。嬉しくて、私、泣いている。
「嬉しい。私、……泣く」
「嬉しくて、泣いている?」
「ん。大切、言われる……うれ、しい」
だから、ぽろぽろと、涙があふれてくる。
自分を大切に、なんてそんな風に言われたことも今までなかった。こんなに危険な目にあってなかったからというのもあるだろうけど、こんな風に怒ってくれるような人、周りに、いなかった。おじいさんが生きていたらおじいさんは怒ってくれたかもしれないけど、おじいさんはもういなくて。生まれ育った村で、私にこういう心配をしてくれる人、居なかった。心配を、されないのが当たり前だった。
「―――ガイアス……、私、ガイアス、だい、すき」
「お、おおおおう!?」
「アトス、さんも、皆、だいす、き」
「あ、ああ、そ、そういうことか」
ガイアス、なんだかちょっと様子がおかしいけど、私は続ける。
「ありが、とう」
感謝の言葉を告げる。ありがとう、って伝えたくなったから。
「ガイアス、怒ったこと、わかる」
「お、おう。それは、良かった。分かったなら、無理はしちゃだめだからな?」
ガイアス、腕の上がらない私の涙をぬぐってくれた。ガイアス、優しい。
「ん。無茶は、しない」
私がそういったら、ガイアスは笑ってくれた。
そういったあと、なんだかちょっと眠くなってきた。泣いたから、かな。
「レルンダ、眠い?」
「ん、ちょっと」
「じゃあ、おやすみ」
「おや……すみ」
ガイアスが、おやすみといって私の頭を撫でた。私はガイアスの笑みを見ながら、気づいたら眠りの世界に飛んでいた。
――――少女と、獣人の村 4
(多分、神子な少女は獣人の少年と会話を交わし、嬉しくて涙を流す)




