王子と、綱渡りの行動。
俺、ヒックド・ミッガは一日一日をひやひやしながら過ごしている。
あの猫の獣人は、自分が悪者になり、自分が人間社会に溶け込む事によって捕らわれている獣人達を助けようとしていた。同じように捕らわれている獣人達を助けるために、自分を犠牲にする。自身が敵に回されようとも、その道を突き進む事を決めた彼の事を俺は心から尊敬した。
彼――ダッシャは自分の身が朽ちたとしても助けたいと願っているのだと言った。
このミッガ王国は獣人の奴隷が数多く居る。獣人の住んでいる場所が近くにあったからであるが、獣人以外の異種族も奴隷に落とされている者がいる。第四王子である兄上が捕えた竜族の一人は相変わらず、奴隷のままだ。俺が知っている竜族の奴隷はその者だけであるが、もしかしたら国内にはほかにもいるかもしれない。兄上の奴隷になっているその竜族とはあまりかかわった事がない。それをするのは危険すぎる。
そもそも俺はミッガ王国の第七王子という王族とはいえ、地位の低い位置にいる。父上の命に反する行動を起こしている俺は、第七王子という立場なのも踏まえて考えると、露見すれば処刑されてしまう恐れも十分ある。良くて追放、最悪で処刑だろうか。それとも監禁されて拷問されるだろうか。そういう恐れがあるからこそ、俺は慎重に動かなければならない。
まだ、死ぬわけにはいかない。このまま、目的を遂行することなく死ぬのは嫌だ。――俺はできうる限り、自分の意志に従って、行動をする。
その先で、俺にとっての破滅が待ち受けている可能性は高いけれども——それでももう賽は投げられている。
それにしても、どう動くべきか。どんな風にするべきか。それを考える事は疲れるけれども、それでも何も考えずにただ父上の命令を聞いていた頃より、俺は”生きている”と実感が出来た。
思考することがなく、ただ与えられた事だけをこなすのは人形か何かと同じだ。俺はニーナに出会って、ニーナと話して、その上でようやく、自分の意志で動くことにした。
それがどれだけ綱渡りな行動だったとしても、俺はこの意志を貫く事を決めている。
「――神子の元へ、たどり着いたかどうかは分からないのか?」
「はい。ヴェネ商会のサッダ様が神子の元へたどり着き次第、報せをこちらによこす予定だと言っておりましたが、現状、どうなっているかわかりません」
「そうか……」
報告に対して、俺は神子の元へと本当に送り出した獣人達や配下の者達はたどり着く事が出来るのだろうかと不安を覚えてしまう。
行動を起こした出来事が成功するか、失敗するかはやってみなければ分からない。例えば神子が生きていたとしても、たどり着いてくれているかどうかは分からない。たどり着いてくれればいいのだが。これでもし神子の元へたどり着く事が出来ずに彼ら全てが死んでしまったら——そう考えると胸が痛む。
ヴェネ商会のサッダは、着き次第、何か報せをよこすと言っていたのだ。……しかしまぁ、結局ヴェネ商会も、こちらの完璧な味方であるかどうかは分からない。俺はヴェネ商会の者達とは協力し合えると思ったし、だからこそこうしてヴェネ商会の者達も一緒に神子の元へ向かわせる事にしたのだ。それにヴェネ商会と共に行くのならば物資面などの面でのメリットがあったからというのもある。――上手くいってくれればいいが。そして、無事に神子の元へとたどり着いて彼らが安心して暮らせればいいと俺は思っている。
神子、という存在は良くも悪くも影響力が強い。現状神子は、生きていたとしてもミッガ王国とは遠い位置にいるが、この先、神子がミッガ王国やフェアリートロフ王国へと影響を及ぼさないとは限らない。
――そうなった時、もしこの地に神子がまた現れた時、俺は破滅するだろうか。狼の獣人を、結果的に殺してしまった俺は——、神子にとっては憎むべき相手でしかないだろうから。ああ、でも——例えそういう結末が待っていたとしても、罪滅ぼしにはならないかもしれないが、それでも俺は行動し続けるだろう。
「娼婦として扱われている獣人達を集めることもするべきだろう。……俺が色狂いと思われるかもしれないが、少しずつそういう方向で集めることにしようと思っている。婚約者のニーナには悪い事をしてしまう事になるが……」
「それでは……ヒックド様の評価が……」
「それは良い。どうせ俺は第七王子という立場だ。少しの酷評があったとしても何も変わらないだろう。また、ダッシャが上手く集めている獣人達に関してもどうにかしたいが……」
娼婦として扱われている獣人達を集めるための方法を考えた時、俺が色狂いと認識されたとしても集める方が自然な気がした。獣人の女の味を覚えた第七王子が、獣人の娼婦を集めることにしたと、そんな風にした方が周りも納得できるだろう。俺自身に酷評が付きまとおうとも、それでも俺はそう行動をすると決めたから。
「……そうですか。ならば、ヒックド様の御意志のままに」
「ああ。苦労をかけてすまない。俺についてきてくれてありがとう。助かっている」
本当に、俺のやっている事が露見すれば配下にいる者達だって処罰されるだろう。だというのに、俺についてきてくれている彼らが居る事に、俺は心から感謝していた。俺は恵まれている。――彼らが居るからこそ、こうして行動が起こせるのだから。
――王子と、綱渡りの行動。
(王子は綱渡りの行動を行っている。自分の意志で、動いている。どんな結果になろうとも受け止める覚悟を胸に)