姉と、とある出来事。
私、アリスはニーナエフ様の屋敷で過ごしながら不満を抱えていた。
というのも、私は屋敷の中に居る人たちだけではなく——いいえ、もっと外に居る人たちと関わりたいと思った。私が迷惑をかけてしまった人たちに対して色々なものを返したいとそう思っているから。
だけれども、ニーナエフ様は私を外には出してくれない。
様々な理由をつけて出してくれないニーナエフ様は、私を屋敷の外には出したくないのかもしれない。そう思うと、それはなんでだろうと思う。
私は……ちゃんとニーナエフ様の言うことを聞いて、勝手に動かないようにしようと思っているのに。
「……ニーナエフ様は、やっぱり私の事、信じてくれてないのかな」
そう思うと少しだけ落ち込んでしまう。
だけど頭では、あれだけ好き勝手に生きていて、ああいう状況にならなければ自分の事を自覚することもなかった私がそんな簡単に信じてもらえるはずもないのわかっている。だけど悲しいと少しだけ感じてしまう。
……悲しい、寂しい、そういった感情は私はニーナエフ様に引き取られるまで感じた事がなかった。私の事を皆が信じてくれて、私の側に皆が居るのが当たり前だった。でも妹——レルンダの事を考えると、私が今感じているようなこういう感情をレルンダはずっと感じていたのかもしれない。私はあの頃、考えた事もなかったけれど……レルンダの側には誰もいなかった。私は綺麗な格好をさせてもらっていたけれど、いつもレルンダはボロボロの服を着ていた。双子だというのならば、私の誕生日がレルンダの誕生日のはずなのに、両親を含む村の皆は私だけを祝ってレルンダの事を祝わなかった。
それを思い起こすと、私が今ニーナエフ様に信じてもらえないのも当然で、悲しいとか寂しいとかそういう感情を感じているのも、今まで感じてくることのなかった負の感情を感じているだけだと思えば当然の事だと思う。
だけど、この屋敷の外に出られないという事実は、今まで迷惑をかけた分、皆のお願いを聞いて回りたいという思いで一杯である私には辛かった。
ニーナエフ様の「外にはまだ出せない」という言葉に従いたい気持ちと、外に出たいという相反する気持ちで心を埋め尽くされている私に声をかけてくる人が居た。
その人はこの屋敷の中で最近庭師として雇われていた男の人だった。よくとれたての果物をくれたりするような優しい男の人だ。
「そんなに外に出たいのならば連れ出そうか。少しだけ街に出るぐらいなら大丈夫だよ」
そんな風にやさしく言われた。
だけど、と私は思う。
ニーナエフ様は私の事を保護してくれている。私があれだけの事を起こしたのに。私はニーナエフ様がいるから生きていられるようなもので、そんな私がニーナエフ様の意志に反する行動をすることは駄目だと思った。
「いいえ、ニーナエフ様の許可がないと……」
「ちょっと外に出るぐらいなら大丈夫だよ。あとからでもニーナエフ様に言ってしまえば笑って許してくれるって」
そんな風に言われて、手を繋がれる。
このまま、外にちょっとだけ出て少しだけ街を見て戻るぐらいならニーナエフ様にばれないかもしれない。ばれたとしても優しいニーナエフ様ならば私の事を許してくれるかもしれない。
そんな、かもしれないという可能性が頭の中をよぎる。
このまま外に出てもいいのでないかと、そんな風に思う。
けど、やっぱり。
「ううん、私は外に出るのはニーナエフ様の許可が出てからがいいの。だから、ごめんなさい。外に連れ出してくれると言ってくれたのは嬉しかったけれど、また今度」
そう口にした。
やはりニーナエフ様の許可を待たずに外に出るのは嫌だと思った。約束事を守れずに嫌われるのも嫌だと思った。だからこその言葉。
私が拒否すれば、優しい庭師の人は手を離してくれると思っていた。
だけど——、
「ああ、もう煩い」
そんな乱暴な言葉を吐かれると同時に掴まれたままの手を思いっきり引っ張られた。
「え、ちょ、何をするの! 私は行かないと言っているでしょう!!」
なんで、そんなことをするのかと驚愕しながらも声をあげる。だけど、その口は大きな男の手によって塞がれた。
なんでこんなことをするのだろうか。分からない。
怖い、と思った。
恐ろしい、と感じた。
だけど抱えられるがままに、私は何も出来ない。抵抗しようとしても男の力には勝てない。
どうして、何で。
このまま、私はどうなってしまうのだろうか。
そんな不安に押しつぶされそうになった時、
「何をしているの!!」
という、私の面倒をみてくれている侍女の一人の声が聞こえた。
この声が聞こえると同時に、私を抱えようとしていた男は私の事を離す。そして突き飛ばした。地面に突っ伏した私は男が逃げていく音を聞いた。
痛い。
突き飛ばされて強打した体がズキズキと痛む。
私は痛みとショックからそのまま意識を失った。
―――姉と、とある出来事。
(神子な少女の姉は王女の下で新しい一歩を踏み出していた。そんな姉に一つの出来事が起きた)