王子と、悩み
フェアリートロフ王国の内乱は収束した。とはいえ、まだ国内はごたごたしているようだが、新しい王はこの俺、ヒックド・ミッガの故郷であるミッガ王国に対して侵略をする気はないようだ。そもそも、そんな余裕もフェアリートロフ王国にはないだろう。
俺は……、父上からの令状に背く行為をしている。騒いでいる奴隷たちを殺せという命令を行っていない。寧ろ、殺したふりをして彼らをかくまっている。今の所、父上には恐らく知られていないだろう。知られていれば俺はとっくに殺されている。だが……もしかしたら泳がされている可能性もある。それを思うと正直恐ろしい。
俺にとって父上は絶対の存在であり、最も恐ろしい存在だ。
俺はニーナに出会わなければ父上に逆らおうなんて思わなかっただろう。だけど、俺は今、自分の意志で父上に逆らっている。種族が違うからと、人間と差別すること、無理やり奴隷に落とすこと。その行為を嫌だと思っていた自分の心に従って行動してしまっている。
――あの一度だけ遭遇した少女が本当の神子であるというのは確信している。ニーナから、その件に関して報せを受けた。本物の神子は、神子とされていた少女の双子の妹だと。そしてその名前がレルンダというのも。
あの獣人の少年を配下の者達が殺そうとした時に、その名前を出していたと報告を受けているから間違いないだろう。
そして、神子であるのならば恐らくあの少女は……生きている。人の手の入っていない森の中で、いや、もしかしたらその先の国で。少なからず生きているだろう。神子が死ぬとは思えない。
だからこそ、死んだふりをさせている獣人の者達の事を神子のいる場所へと連れていけないかと考えている。――そんなことをしてもミッガ王国自体の体制は変わらないかもしれない。それでも俺は、自分の心に従って、何かをしたいと、変えたいと思ったから。ニーナにそんな風に変えられてしまったから——、信頼の出来る配下の者の一部に獣人たちを届けさせたいと思った。尤も……魔物がいるその地で本当に神子の元へ獣人たちを連れていけるかも分からないけれども。その連れていく最中に誰かが命を落としてしまう可能性もあるかもしれないけれども。それでも……その選択肢を獣人たちに与えた。
獣人たちは俺が謝罪をし、本心を告げた時、信じられないといった顔をした。俺は散々、奴隷に落とすための行動を、心を痛めていてもしてきた人間だから。俺に殴り掛かってきた者だっていた。でも、何度も何度も告げて、納得してもらえた。
彼らは、俺の提案に、神子の元へ行きたいといった。この国に居るよりは安全だと。――でも、全員ではいかないと。とらえられている仲間を助けたいんだって。……そのためひとまず、一部の者達を神子の元へ送りだす準備を整えている。それでどうなるかは分からないけれど、何もしないよりはマシだというのが俺や彼らの考えだ。
そうやって行動していた俺は不思議な猫の獣人の存在を知った。
とある伯爵家の令嬢に飼われ、とても気に入られている見目麗しい猫の獣人。
その伯爵令嬢に気に入られ、獣人たちの味方ではなくその令嬢の味方をしているらしい猫の獣人。
―――自分のために仲間を切り捨て、人に媚を売ると噂されているその猫の獣人に違和感を抱いた。
令嬢の命令で獣人に酷い扱いをしているという。自分の身の安全のために、普段では触らせないという耳や尻尾を触らせているという。そして自身の良い待遇を見せびらかすために獣人を集めているという。
それでいて王国内での行動範囲を少しずつ広げ、伯爵令嬢周辺の貴族達からいい駒だと思われているらしい猫の獣人。
何か、おかしくないか? と思った。
集められている獣人たちは一切、殺されている事はないらしい。その猫の獣人は俺が接触している獣人たちに「裏切者」だといわれているけれども、それにしては違和感がある。自分のために伯爵令嬢や貴族達に気に入られようとしているといわれているけれども……何だか違う気がする。
少し気になり、情報を集めていけばますますその猫の獣人の事が気になった。
もしかしたら、その猫の獣人は奴隷に落ちている者達のために動いているのではないかと、そう思ったのはただの思い付きだった。
ならば、接触してみたい。
ただ……もし、接触してみて俺がやっていることに気づかれた場合、俺の思い付きが間違いだったら俺は殺されるか、とらえられるかするだろう。
猫の獣人が自身の事しか考えていないのならば、俺はその時点で詰む。密告されて終わりだ。
だからこそ、接触するかどうかを俺はしばらく悩んだ。
―――王子と、悩み
(王子は自身の思いのままに行動を起こしている。そして一人の猫の獣人の存在に悩んでいた)