姉は新しい一歩を踏み出してる。
本日二話目の更新になります。
「アリスちゃん、ありがとう」
目の前でにこやかに笑ってくれる人が居る。
私の誰かのお願いを叶えたいという願いを王女であるニーナエフ様は叶えてくれようとしている。とはいえ、私の立場というのはとても微妙だ。私は神子として担ぎ上げられていた。私自身も私は神子だと慢心して好き勝手動いていた。私は処分すべきと思われてる存在だ。実際、私は処刑されていてもおかしくはない立場だったのだ。だからこそ、自由に動けるわけではない。
ニーナエフ様に連れられて、辺境の土地アナナロに私はいる。そこの屋敷に住んでいる。私は神子ではなかったけれど、神子として表に出ていたという事実がある。利用される可能性は沢山あるらしい。
……私は、今までの人生がずっと不思議なほどに上手くいっていたからそういう可能性を考えた事はなかった。でも改めて考えてみれば私が生まれ育った村であれだけ恵まれて生活していたのは、レルンダが神子という特別な存在だったからなのだろう。ニーナエフ様の調べによれば私の住んでいた村は作物が取れなかったりしていて大変で、国に補助を頼んでいる状況らしい。私が住んでいた頃はそんなことがなかった。だからこそ、私は沢山のものを貢がれていた。でもそれは、私の力ではなかった。多分、レルンダの力だったんだ。
……レルンダは気づいたらいなくなってた。私は一切気にもしてなかった。レルンダは私の事をどんなふうに思っているのだろうか。レルンダが、あの村でどんな生活をしていたのか。何を思って過ごしていたのか。……私は家族なのに、それさえも知らない。関心もなかった存在。妹だとも知らなかった子。
最近、妹という存在の事をよく考えている。
お母さんとお父さんは、私の事を愛していると思ってた。でも国が混乱すると同時にどさくさに紛れてどこかに消えてしまったという。それからどこにいるのかも分からないのだと。
私の家族。それは普通とは異なるのだと、こうして自分が特別じゃない事を知って改めて思った。私の家族はおかしいのだと、それを知った。
今、過ごしている屋敷の人たちは私が神子とされていた我儘な少女——という事で最初は敬遠していたけれど、少しずつ歩み寄ってみたら私に笑いかけてくれるようになった。私の周りの人たちは、私に近づいてくるのが今まで当たり前だった。だから自分から近づくという行為に不安を覚えていた。だけど、ニーナエフ様に激励をもらいながら話しかけてみたら笑ってくれた。
……今までは私に皆寄ってきて、私が特別だという態度を皆してた。それって、いうなれば私を私として見てない事だと、こういう状況になって初めてそのことを自覚する。私はちやほやされていたけれど……皆特別な私が好きだっただけなのだ。だから私が神子じゃないと知って、私の側には人はいなくなった。ニーナエフ様だけが、側にいてくれている。……私は見捨てられても、殺されても仕方がなかったのに。
私は今まで私が思うままに生きていた。自分で深く考えることもせずに、ただ自分が思う事を口にして、かなえられてきた。私はほとんど自分で思考して悩むという事をしてこなかった。
私は自分が特別だと思ったまま大人になったらどうなっていただろうか。そして、大人になってから自分が特別ではない、と気づいたら———そう考えると、そうはならなくてよかったと思う。私はやらかしてしまった。自分が特別だと思い込んだままに好き勝手していた。それが早めに自分が特別じゃないと知れてよかったのかもしれない。
私はまず、屋敷内で出来る限りのお手伝いをすることから始めている。
ニーナエフ様は願いを叶えたいと何も考えずに言ったら大変な目に合うかもしれないからこそ、出来ることから始めるべきだと言っていた。
その言葉に私はしたがって、屋敷の中でのお手伝いをしながら常識について学んでいる。私は常識を知らないということをこうして常識を学ぶ中で知っていった。普通やあたり前の事を私は知らない。それを学んで、もっと人のためになれるように動きたい。私が出来る精一杯の事を、今まで我儘していた分、誰かに返せるように。
「アリス、頑張ってるみたいね。良かったわ。屋敷になじんでくれて」
ニーナエフ様は、そういって私ににこやかに笑ってくれた。自分の事をニーナエフ様に認めてもらえる事が嬉しかった。たった一人、私が神子ではない事を知っていながら私を引き取る事を決断してくれた王女様。
……私は自分が神子だと思い込んでいた時、ニーナエフ様に酷い態度をしてしまった。ニーナエフ様は、私のせいで辺境の地に追いやられたというのに。それでもこの場で仲間を作って、私の事を受け入れてくれて。私のせいで大変な目にあってたのに、私に笑いかけてくれている。
私よりも、ずっとずっと凄い人だと思う。私も、こんな風に凄い人になりたい。恥ずかしいから本人には言えないけれど、私はこの地に来て新しい生活をしながらそんなことを思っている。
屋敷の中から空を見上げる。
この空の下で、妹も——レルンダも生きているだろうか。生きていてくれたらいいとそう私は願ってる。
―――姉は新しい一歩を踏み出してる。
(神子な少女の姉は辺境の地で新しい一歩を踏み出していた。そして空を見上げて神子な少女の事を思う)