少女と、神官 3
「どうしよう……」
私たちは村に戻った。そして村の中で私は思わず呟く。あの神官の人、イルームさんは悪い人ではないとは思う。だけど、少し恐ろしく感じてしまうのは、イルームさんがびっくりするぐらいの勢いだったからかもしれない。
「どうしましょうね。あの神託を受けた神官は、悪い存在ではないでしょう。ですが、レルンダのことを盲目的に見すぎています。あれは信仰しているとも言えるかもしれません。その度が過ぎた信仰は……この村にとって危険である可能性も十分あります」
ランさんの言葉を私は聞く。ドングさんがその横で頷いている。
信仰。私を信仰している。
そんな存在に遭遇したのは初めてで私はどうしたらいいのか分からない。イルームさんをどうすればいいのだろうか。
そしてその私に対する信仰という気持ちが、この村にとって危険になる可能性がある。その意味が私は正しく理解が出来ない。そもそも私に対して、そういう信仰? にも似た気持ちを持っているっていう人っていうのが良くわからない。その結果何をもたらされるのか、想像が出来ない。
「……どういう風に?」
「そうですね。例えば、信仰の厚い存在は驚くべきことをなしたりもします。その人が絶対だと信じている存在が言うことを全て信じ、その人が望むことを何でもしようとするでしょう。例えば、あの神官は……レルンダが命令をすれば、どんな危険なことだって行うかもしれません」
「……そうだな。例えば、人間が俺達獣人のことを奴隷にしたりするのは俺達が人間よりも下だと人間が信じ切っているからだ。信じるということはそれだけ人のことを動かす力になる」
ランさんも、ドングさんもそんな風に言う。
信じるということ。それは凄い力なのだという。その気持ちはわかる。
―――あの精霊樹の魔物を退治しにいくために私が、シレーバさんに言った言葉。私は、私たちが力を合わせれば何でも出来るって、そう信じた。信じたから力強くそういった。そしてその言葉でエルフの人たちは共に戦う仲間になってくれた。信じたから、それがなせた。
イルームさんは、私が言うことを全て正しいと思い込むぐらいに私のことを絶対と信じているのかもしれない、のだという。
「もしレルンダが他意なく口にしてしまった望みでも、あの神官は叶えようとするかもしれない。いいえ、もしかしたらレルンダが望んでいないことだって、レルンダのためになると信じていたらあの神官はやってしまうかもしれない。信仰しているということは、そういうことです」
かもしれない———あくまで、可能性でしかない話。だけれども、もしそういうことを行われたのならば、確かに、この村にとって悪い結果をもたらすかもしれない。
「誰かのために行動をするのは素晴らしいことです。でも、その人のために行動をしてもその人が望んでいなければただの独りよがりの迷惑な行動でしかありません。そういう行動をしてしまう可能性があの神官には十分にあります。先ほどの様子を見た限り、随分、レルンダにのめりこんでしまっていますから」
「その通りだ。そういう危険性があの男にはある。だが……レルンダの側に居れないとなると、あれだけレルンダにのめりこんでいる男がどういう行動に出るかも分からない。望んでいる存在がすぐそばにいるのに近づけないという状況で、どうするか分からない。それに、もし今回俺たちがレルンダの側にあの神官を置くことをやめたとして、あの男が諦めるとは思えない」
ランさんと、ドングさんの言葉をそれぞれ聞く。
勝手に行動をされる可能性がある。私のために、という言葉で。それは困ってしまう。
それにドングさんの言うことももっともだと思う。イルームさんが私が断ったとして諦めるようには思えなかった。ならば、どういう選択肢が一番正しいのか。
「私は……危険ですが傍に置くのも一つの手だと思います。寧ろ勝手にレルンダの名を使って行動をしたりしないようにこちらで監視し、上手く利用するべきかもしれません」
「利用……」
「ええ。難しいとは思いますが、こちらの都合の良いように動かすことが出来たら一番だとは思います。少なくとも、レルンダが”神子”として生きていくというのならば、誰かの上に立つのに慣れている方が良いとは思います。これからのことを考えるなら、ですが」
神子、として私が生きていくのなら———誰かの上に立つことに慣れている方がいい。そんな風に言われても実感はわかない。だけど、これからのこと。それを考えてから、私は選択をしなければならない。どちらがいいのか、分からない。だけど、選択しなければならないこと。
私はイルームさんに悪い気持ちは感じていない。出来たら私を好いていてくれている人とは仲良くしたいと思っている。だけれども、そうすることによっての結果がどうなるか分からない。
その日は、結論が出ないまま夜が明けた。
――――少女と、神官 3
(多分、神子な少女は自身を神子と信じる神官とどう向き合うべきかというのを考え、頭を悩ませる)




