姉の日常の終わり。
初の姉視点です。
「ちょっと、私は黄色がいいっていったでしょ!」
「もっとお菓子を頂戴!」
私は声を荒げる。
私は、アリス。神子と呼ばれる神様に愛されている存在……らしい。この大神殿と呼ばれる場所に引き取られた当初は、私は私が神子であることを疑ってなかった。
ううん、今も私は特別なんだっては思ってる。だってずっと私は周りに特別だって言われて生きてきたんだから。神子としてここに引き取られた時だってお母さんやお父さんは当然だって態度をしていて、私も私が神子なんだって自信満々だった。
でも、私の言うことを聞くのが当然な周りの神官たちの態度が最近おかしい。私に聞かせないようにいっているつもりなのかもしれないけれど、私はちゃんと聞いていた。
私が神子ではないかもしれない、といっていた周りの神官たちの言葉を。
私が幾ら神罰が下る! といったところで実際に神罰が下っていないという言葉を。
私がこうしてこの国――フェアリートロフ王国に保護されているというのにこの国は豊かにはなっておらず、寧ろ悪い方向に向かっているという言葉を。
私が特別で、私はとても綺麗で、私のいう事皆が肯定してくれてた。でも私の事を肯定していた人たちがそんな風に言っているのを聞いた時私はショックだった。
だって私は特別で、私は綺麗で、だから皆が私の言うことに肯定をして、私の言うことを聞くのは当然だって村でも皆いっていた。ここにやってきてからも皆そうなんだって言っていた。
―――なのに、私の言うことを聞くのが当然で、私のことが大好きなはずの人たちが私のことを悪く言っているのだ。今まで私を悪く言う人たちは最初から私を悪く言う人たちだった。私のことを良くいってくれていた人たちが私のことを悪く言うことなんて今までなかった。
それが、起こっていることがショックだった。私は特別だから周りに愛されているのは当然で、私が特別だから私をねたんで悪く言う人は時々いるけど私が正しいのは当然で、私は特別だから私の言うことは何でも叶えられるべきで―――そう、ずっとお母さんとお父さんはいっていた。ずっと、ずっとそういっていた。でもそれは、今まで私がずっと感じていた、思っていたその当たり前だと思っていた事実は、実はそうではないのではないかって、最近不安になってきている。
でも、私は特別なのだ。
私はとても綺麗なのだ。
そう、だからどんな要求を私がいったとしても私の言うことを周りは聞いてくれる。それを確認できたらやっぱり私は特別なのだ、私は正しいんだって実感できて安心する。
私は時々周りの神官たちがいっているような神子としての力が現状使えない。もしかしたら私はそういう存在ではないのかもしれない。でも、そうだったとしても私は特別なのだ。私は特別だから、他とは違うから私は正しいのだ。
漠然とした不安を感じながらも私は自分の要求を口にし、それを叶えてもらい安心をしながらそう自分自身に言い聞かせていた。
大神殿でそんな生活をこれからもずっと送っていくのだろうと、そんな風に考えていたけれど私の生活はある日激変した。
ある日、住んでいた大神殿が騒がしかった。でも周りが幾ら騒がしくても私には関係ないと思っていた。周りがどれだけ変わろうとも私の日常は何一つ変わらない、そう思っていたから。
だって生まれ育った村でも皆が私の言うことを聞いてくれて、私を特別だっていってくれた。
大神殿に引き取られてからも皆が私の言うことを聞いてくれて、私を特別だっていってくれた。
だから、例え場所が変わろうとも私はやっぱり特別で、私の生活は変わらない。
――――それが当たり前のはずだった。それが当然のはずだった。だけど。
「偽神子、アリス。貴様を投獄する!」
以前、何度か会ったことがあるこの国の王族って人? 結構顔は整っているけれど私の方が整っている。あまり気にも留めてなくて名前さえも特に憶えてなかった人がそんなことを告げて、私は鎧を着た騎士の人たちに捕まった。
なんでそんな目に合わなきゃいけないのか分からなかった。
私にそんなことをしていいと思ってるの! 何をするの! と、そんな風に私は叫んだ。こんな風に危険な目に合うことは初めてだった。意味が分からなかった。私が声をあげれば、私の言うことを皆が聞くはずだった。だって、それが当たり前だって皆いってた。私の望みはかなえられるべきなんだって。私は、特別だからって―――。
なのに私が押さえつけられて痛い思いしているのに、離してくれなくて。
私が離してほしいってお願いしているのに、私を冷たい目で見ていて。
なんで。どうして。私は神官たちに視線を向ける。だけど、彼らは冷たい目で私を見ている。なんで。どうして。助けて、と声を上げようとして私はずっと一緒に居た彼女たちの名前さえも知らないことに気づいた。
助けてくれないことにショックを受けているうちに、私は運ばれて、冷たい部屋の中へと放り込まれた。
私は特別なはずなのに、私は何をしても許されるはずなのに――なんで私が嫌がっているのにここに入れられているのだろうか。
偽神子、といってた。でも私は神子だって言われて大神殿に引き取られた。だから私も神子なんだって思った。それが違ったから偽神子といわれるなんて、勝手に私を神子だといったのはこの国なのに。
そもそも神子ではなかったとしても私は特別なのだから、私は愛されていて、こんな目に合うのはおかしいのに。
そう考えて冷たい土の床に座り込んだまま、私は恐ろしい考えを頭に思い浮かべてしまった。
―――もしかしたら私は特別じゃなくて、私の言うことを皆が聞くのは当然というのは間違いなのではないか。
そんな、今まで当たり前と思っていたことが違うかもしれない、という可能性を。
でも、そんなはずはない。私は特別なんだ。だから……、だからこんなひどい現状からはすぐに脱却できるはず。だって、私は特別だから。
私はとらわれて、座り込む中で、自分にそう言い聞かせていた。
――――姉の日常の終わり。
(多分、神子な少女の姉の日常は終わる。肯定され続けた姉は何を思うのか)