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「金井はどこかサークル決めたのか?」
「俺はとりあえず、フィールドホッケーかな。あと、漫研も入るかどうか迷い中。桐谷はどうするんだ?」
「まだ一つも決めてない。」
四月も三週目に入った。新歓も一度行ってしまえば慣れたもので、ここ二週間ほどは週に三つほどの新歓に行っていた。中にはこれはないなと思うようなサークルもあったが、大方のサークルには興味を持っていた。五月の初旬には入部届を出さなければならないところがほとんどなので絞り込みにかかってはいるが、行っていないところを含めて、候補が四つくらい残ってしまっている。
「青葉会も決定ではないんだ。それは意外。てっきりすでに入部してるくらいかと思ってたわ。」
「色々見てから考えようと思ってさ。全部保留にしている。」
「そうなのか。それで今日もどこか回るのか?」
「いや、今日はどこも行かない。バイトの面接なんだ。」
先週も金井とこんな会話をした記憶がある。そう考えると金井とばかり話していることがよくわかるのだが、別に他に友人がいないわけではない。サークルを回る中で、何人か友人はできたが学部の違うやつが多いので結局、金井といることが多いだけだ。
「お前もバイト始めんのか。これはそろそろ俺もしないといけないな。あぁ、今日は青葉会にもう一度見学行くつもりだったから桐谷もどうかと思ってたけど、面接頑張ってくれ。あっ、でも佐野先輩が桐谷を連れて来いって何回か言ってきてるんだけど。部員としても欲しいし、個人的にも欲しいらしいけど。まあ、もし暇あるなら新歓だけでも、また行ったらいいんじゃないか。」
「そうだな。割と入るつもりで入るから、明日にでももう一度行くつもりではいるよ。佐野先輩にもそう伝えているし。」
断り文句ではなく、これは本当のことだ。一応、サークル候補としては有力な方であるのでもう一度見ておきたいという思いがあるし、佐野先輩との約束でもある。
佐野先輩からは妙に気にいられたようで、前の見学の最後に連絡先を聞かれ、ちょくちょくメールでやり取りをしている。この時代にメッセージアプリを使わないのは佐野先輩がそれを嫌うためだ。
最初のことがあったというのに、連絡先を交換したあとにふいに『いつでも連絡してくださってかまいません』なんて言ってしまったため本当に毎日のように連絡が来る。大半は部活や美術関係の話なので勧誘を兼ねているのだろう。
「そうか。あの人、怒ったらマジで怖いから、約束は守れよ。」
そう言った金井とは別れ、紫荘への帰路につく。面接にはスーツに着替えていかなければならないからだ。紫荘までは自転車で三分なのでこういう時には便利である。
「桐谷君、スーツ似合わないね。」
着替えて部屋を出ると、共有玄関で鹿深野さんに声をかけられた。
「冗談でもそんなこと言わないで下さいよ。これから、バイトのたびに着るかもしれないですよ。」
「なに、塾講師か。それは似合いそうだけど、スーツは似合わないね。」
鹿深野さんの性格からして似合ってないのは本気で言っているのだろうと思うと悲しくなってくる。とはいえ、このスーツは入学式用のやつではなく、ショッピングモールで安く買ったやつなので似合わないのはそのせいにできる。
「そうだ。鹿深野さん、何か面接のコツとかあります。こう言ったら受かりやすいとか、これは言うなとか。」
「いやぁ、私はアルバイトも就職したことないからわからないや。」
「大家の仕事に面接とかなかったんですか。」
「他のアパートとかマンションの事情は知らないけどさ。私の場合は就職せず遊んでたところに親戚が仕事押し付けてきただけだしさ。この土地も建物も親戚のものだから、私は面接も何もなかったし。鍵とか契約書とかだけ渡されて、そのあとも何も言ってこないから好きにやってるだけだし。」
すごく納得だ。なんで、こんな大家らしくない人が大家なのかという疑問が一気に片付いた。
元々、鹿深野さんがちゃんとした管理会社から雇われているとは考えてはいなかったが。だが、本当に自由だとなると親の前でちゃんとした対応をしたり契約を行ったりなどを一人で来なしているのはすごいものだ。
「まあ、塾講師のバイトなんある程度成績良くて、清潔感あって、ちゃんと他人と話せる人なら受かるでしょ。だから、心配せずに受けに行きなって。私と話してて遅刻とかそんなので恨むのだけはやめてくれよ。」
「ちゃんとしたアドバイスありがとうございます。時間もそろそろいい感じなので行きますね。」
適当なところで切り上げられたのは良いことだった。鹿深野さんもそこらへんは配慮してくれたのだろうか。
ちなみにバイトの面接はその場で合格を言い渡された。そして、次回契約の日時と配属校舎を決めて帰路についた。




