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紫荘の人々  作者: 中野あお
201号室:桐谷樹
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1-4

 先輩につれられて広場から離れて校舎裏の一角へと入っていくと、そこには部室棟と呼ばれている建物が三棟建っていた。その並んだ真ん中の建物へと入り、階段を上って四階についたところで先輩は話を始めた。


「この第二部室棟の四階の突き当りという誰も来ないこの場所が、私たち青葉会の部室。不便な場所の代わりに大きい部屋なのよ。」


 この建物は中央に階段があるだけであるため、それから遠い二つの部屋は少し広めだという。美術部は作業スペースの関係もあってその場所をあてがわれているらしい。


 突き当りまで行くと美術部青葉会(あおばかい)という表札のかかった扉が二つあった。その手前の方を先輩がノックをして開ける。


「新入生連れてきました。男の子二人です。」


 先輩の弾むような声。


「ありがとう。男の子二人か、うれしいな。さあ、入って。」


 中から返事があった。

 失礼します、と言って入ってみると、そこは美術部らしくない部屋だった。部屋にあるのは、机とソファー、本棚、もう一つソファー、冷蔵庫、テレビ、スピーカーというように絵に関係ない物ばかりで、絵を描くための道具は、机の上の鉛筆とスケッチブック以外見受けられなかった。


「二人とも不思議そうな顔をしているね。」


 先ほどの返事の主であろう小さな人に問われる。


「いや、なんというか、美術部の部室だから、もっとごちゃごちゃしてて、汚れているかと思ってましたので。」


 素直に金井が言う。

 彼も同じ意見だったようだが、俺ならそこまでストレートに言わない。


「それはね、こっちの部屋に来たらわかるよ。」


 そうって小さな先輩は、部屋の中の隅ある扉を開け俺たちを呼び込む。

 すると今度は、いかにもアトリエのようなキャンバスやペンキなど、絵を描くための道具のみが置かれている部屋が現れた。


「美術部って書いた扉が二つあったでしょ。あれのもう一つがこの部屋。基本的に外から入る扉の鍵は開けてないから、こうやって中から移動するの。ちなみに、こっちの部屋には簡易だけど更衣室もあるから油絵とか汚れるものやるときも安心。」


 案内してくれた方の先輩が補足してくれた。そう考えるとかなり優遇された部室のように思える。創作するには良い環境だと思った。


「部室内の紹介は終わったところで、お二人の紹介をしてよ。」


 小さい先輩が言ったのを合図に、最初の部屋へと戻り、促されるままにソファーに腰を掛ける。テーブルを挟んで向かいのソファーに先輩方も座る。そして、机の下からお菓子を取り出し、飲み物も冷蔵庫から出してくれて俺たちにすすめてくれた。


 そして、改めてこちらに向き直り、小さな先輩が切り出した。


「今日は美術部青葉会の新歓に来てくれてありがとう。私は法学部三回生で部長の和木わき。主に油絵をやっている。描くのは基本的に人。たまに未成年に間違えられたりするけど、二十一歳だ、合法だ。」


 何が合法なのだろうか。この小さい人が先輩なのはわかっていたが、年齢まで聞くと少しびっくりする。身長だけでなく、見た目も幼いというか、童顔というか。中学生とまではいかないが高校生にしか見えない。間違えられる頻度はきっとたまにではないだろう。


 失礼なことを考えていると。和木先輩が案内してくれた先輩の方へと紹介を振った。


「私は佐野さのといって経済学部二回生です。そこにいる金井君とは高校の頃、部活が一緒でした。主に水彩画をやっています。よろしく、特に桐谷君。」


 名指しされたので、会釈をしておいた。


「和香わかちゃんって高校の頃は何の部活してたの。」


 和木先輩が尋ねる。


「卓球部ですよ。あまり強くはなかったですけど。」

「それは知らなかったわ。運動部だったって聞いてて、っきりバレーかバスケだと思い込んでたわ。あぁ、次は新入生のお二人どうぞ。」


 俺と金井はお互いを見つめあい、金井が先であることを確認した。自然とそんな気がしただけで事前には決めていない。


「文学部一回生の金井竜弥(たつや)です。佐野先輩の高校の後輩で、卓球やってました。絵は趣味で漫画の模写をするくらいで、本格的な美術はやったことありません。」


 金井にそんな趣味があったことは初めて知った。まだ、付き合いが浅いから仕方はないが意外なことが多い人物だ。


「あとで、高校の頃の和香ちゃんについて聞かせてね。はい、次の君。」

「金井と同じく文学部一回生の桐谷樹です。高校の頃は美術部で、主には水彩で人物画をやっていました。」

「えっ、桐谷って美術部だったの。」


 金井の方から驚きが飛んできた。たぶん、言ってない。それどころか知り合ってから大学に関係ないことでは、音楽の話と漫画の話しかした記憶がない。


「桐谷君はいつから美術やってるの。」

「部活としては高校の頃からです。絵を描くのは小さい頃から好きでしたけど。」


 大学ではさほど続けようという気はなかったのだが、何の巡り合わせかここにきている。そんなことまでは口にはしなかった。


「お互いに自己紹介を終えたという事で、このサークルの活動について簡単に説明させてもらうよ。」


 和木先輩はそういうとサークルの活動日や年間行事、合宿、学園祭での出し物について話を始めた。時には去年の作品や活動の写真などを見せながら青葉会についての基本的なことを教えてくれた。その話を聞く限りではなかなかに魅力的で俺の求めていたサークルのようにも思えた。


 一通りの話を終えた時にはちょうど四限目が終わる時間帯であった。それにも関わらず、この時間になっても他の見学者は現れない。そんなことを思っていると部室の扉が開けられて、男の人が入って来た。


「こんにちは。見学者の人かな。」


 男の人が俺たちの方を見て話す。こちらを観察するようにみているが、目つきが悪い人なのか睨まれているように感じる。


「そうそう、奥田おくだから見て右が金井君、左が桐谷君。二人とも文学部だって。」


 俺たちが話す間もなく和木先輩によって紹介される。


「どうも、俺は理工学部二回生の奥田。青葉会では今は俺だけが彫刻メインでやってるからよろしく。まあ、二回目の新歓でこの時間の見学者が二人ってことはうちのサークルのわりには調子がいいほうかな。」


 これでいい方という事は、誰も来なくてもおかしくないという事だろうか。


「そういえば、部員って何人いるんですか。」


 金井が思い出したように尋ねる。


「今は全員で十七人かな。四回生が六人、三回生三人、二回生が八人。」


 和木先輩が指を折りながら数えていく姿はとても愛らしかった。子供みたいで。


「まあ、大規模でやるようなサークルでもなくて、個人活動がほとんどだからこれくらいがちょうどいいけどね。」


 佐野先輩が補足を入れる。


 確かにさっきの作業場からすると同時に作業できて六人がいいところであろうから、何十人もの部員はかえって邪魔なだけだろう。それでも、総合大学であるこの大学ではこの規模のサークルは小さい方だと思う。


「小さくてもしっかりと活動実績を残したら、予算はそれなりにくれるのがうちの大学のいいところだよね。」と和木先輩。

「それだと部員いらないみたいにも聞こえかねませんよ。」

「そんなことないよ。奥田がそう思ってるからそう聞こえるだけで、心の清らかな新入生はそう捉えないよ。」


 ふと横を見ると金井は先輩方の会話を笑って聞いているようだった。

 そんな中、俺こういう先輩方の他愛もない会話が、このサークルの雰囲気を表していてサークル選びの基準としては良いかもしれないと思っていた。


 そのあとも一時間ほど画材を触ったり、雑談をしたりして青葉会をあとにした。

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