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紫荘の人々  作者: 中野あお
104号室:真田響
14/20

2-5

 別れた(つもり)相手の連絡先を何の気なしに保存していた今日までの私に感謝すると同時に恨む。私のせいで稜也に連絡する羽目になったではないか。

 時刻はすでに午前十一時、珍しく早起きしたというのに午前中を浪費してしまった気分である。それはまさに徒労。


 最初の方から示されていた方法しかとる道がないというのはとても残念だ。どこで間違えたのだろうか。授業を捨てようとした段階に決まっている。

 まあ、過ぎたことは振り返らないようにしよう。とにかく留年を回避することが最優先である。今からとる行動は過ぎたことに全力ダッシュで向かっていることだとかはこの際置いておこう。


 問題は、どのような切り出し方をするかだ。


『元気?』


 ありきたりなうえに元カノから急にそんな連絡が来るのは不自然だろう。


『突然なんだけど助けて。』


 大げさすぎる気もする。確かにピンチはピンチなんだが、命に危機が迫るような印象すら与えかねない。


『良かったら会わない?』


 復縁でも持ち掛けそうな雰囲気だ。


『お願いがあるの。』


 怪しい。画か壺を売りつけられそうだ。


 メッセージ画面で打っては消し、打っては消しを繰り返す。

 自分の文才のなさにがっかりする。文才という問題ではなく、コミュニケーション能力不足というのかもしれない


『ちょっと相談があるんだけど。』


 良い線言ってると思うんだけどな。

 送るか迷いながら再び消す。

 この時、一字一字消していたのが間違いだった。


『ちょ』


 謎のメッセージが送信される。

 文字を消していく中でふいに指が送信に当たってしまったらしい。


「えっ、ダメでしょこれ。元カレに数か月ぶりに送るメッセージじゃないでしょこれ。消せたっけ。いや、無理だわ。どうしよ。」


 自分でもテンパっていて無茶苦茶言ってる自覚はある。

 落ち着け。

 稜也が読む前訂正を入れるか続きを打てばいい。もうこの際、さっきの文章で良いから送ってしまえばいいのだ。


『何?』


 予想よりもはるかに早く帰ってくる返信。

 普段返信も読むのも遅いのにこういう時に限ってすぐだし、返してくるし、タイミングが悪すぎる。


『ちょっと助けてほしいことがあるんだけど。』

『テスト?』


 理解が早い。早すぎる。


『そうそう。よくわかったね。』

『前の後期もテスト前に同じこと言ってきたから。助けてなんて。』

『そうだっけ?』


 そうでした。

 あれはまだ付き合ってた頃の話だけど、しっかり稜也に頼って後期のテストは二つを除いて潜り抜けたのでした。

 こんな言いからすると稜也がいないと何もできないみたいではないか。


『哲学概論って取ってる?』

『取ってる。哲暦の選択単位だし。』

『授業出てる?』

『もちろん。』


 相変わらず真面目だ。


『レジュメ全部ある?』

『ある。』


 私の中で稜也の株が再上昇していく。都合の良い女だ。

 今まで何を悩んでたんだと思うくらいにすっきりした気持ちで、もしくは誤送信による自棄で私は切り出す。


『とりあえず、会おう。』

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