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携帯を拾い上げ、メッセンジャーを開いて友人らで構成するグループのチャット欄に書き込む。
『HELP! 誰か哲学概論のレジュメ全部持ってる人いませんか。いたら貸してください。』
望みは薄いがまずは一番仲の良い人たちから攻める。
『哲学は取ってないなぁ。』
景ちゃんから一瞬で返事がくる。ダメ。ただ、協力しようとしてくれたことに関してのお礼だけを述べる。
コースの必修以外は取らない子も多いので、やはり同じ専攻の子から当たったほうが良いのかもしれない。
哲暦コースにあまり知り合いはいないのは難点だ。というより、なんで歴史やりたいのに二年次のコースでは哲学と歴史が一緒にされているのだろうか。そのせいで私は苦しみを味わっているというのに。
こうなると先輩を頼るしかないのか。
いや、でも哲学の先輩が今更になって概論の授業を取っていることはないだろう。
同回生に頼むというのが現実的だが、何しろ出ていない授業なので誰がとっているかを覚えていない。
『ごめん。取ってないや。教授に言ってレジュメもらえないの。』
優ちゃんもダメだが助言をくれた。
そう言う手もあるのか。
いやいや、それではいかにも単位に必死な人間みたいではないか。実際にそうとしか見えないかもしれないが、教授に直接頼みに行くというのはどうもプライドのようなものが許してくれない。
そんなプライドを抜きにしても、あの教授は授業でしかレジュメは配らないと宣言しているんだから今更頼みに行ったところで、それもほとんどの授業の分を頼んだところで渡してくれるとは考えづらい。
友達の友達という試験前しか話さない関係に手を出すのはまだ早い気はする。それが使えるのは来週くらいからだと思う。
「これ、マジで積んでるな。」
こういう時に頼れる誰かというのがいればいいのだが、友人らも友人らで私と似た人ばかりなので決まってこの人という子がいない。
最初から他力本願というのが悪いのかもしれないが、この状況において自力を発揮する場面もない。
『取ってないな。今、一緒にいる子も国文だし取ってないって。』
三人目、一番のマシな彼女ですら駄目だということはかなり望みの薄いことなのかもしれない。これはいよいよ諦めモードで別の手に移行するべきなのだろうか。
仲の良い子たち、つまり自分と同レベルの子たちに頼ることは諦め、もっと賢い人たちに頼るしかないだろう。
直接の知り合いにこういう時に頼りになりそうで、哲学概論を取っていそうな人を検索にかける。
ヒットしない。
歴史とか哲学とかのコースに進んでいる人間は男が多いので気軽に声をかけられるような人が思い当たらない。
いや、一人だけいるけどあいつだけには頼りたくない。それは本当に最終手段としてしか使えない。私のプライドとか全てを投げうたないといけなくなるからだ。
とりあえず、考えよう。
今から友達を作り始めるというのはあからさまにおかしいし、そこまで落ちぶれたような行動をしたくはない。
できれば、今ある関係性の中で私を助けてくれる最良の人を見つけたい。
『どうしたの。響もしかしてやばい感じか。助けてあげたいけど私も取ってないや。』
彼女には元からあまり期待してなかった。
『先輩とかで去年取ってた人にレジュメもらえば。』
景ちゃんのナイスアイデアが飛んでくる。
…去年と担当教授違うじゃん。
『あっ、ごめん。』
いや、景ちゃんは何も悪くないよ。悪いのは今まで何もしてなかった私の方だから。
こういう良い子には少し心を痛めてしまう。
でも、今はそんなことにかまっていられる状態ではない。一刻も早く極力してくれることが最優先だ。そうしないとせっかくの私の薔薇色の大学生活が台無しになってしまう。それだけは何としてでも避けなければならない。
親からはもし留年するようなことがあったら余分の学費は私自身で払うように言われている。国公立大学の文系学部と言って半年で25万円はかかる。払えない額ではないが、今のままのバイトや生活では難しい。
親もそこまで本気で言っているかどうか怪しいが、最悪そうなる可能性もなきにしもということだろう。下宿までさせて大学に通わせた娘がこの様では怒りたくなる気持ちもわかる。
まるで人ごとのように語るが私の問題だ。
焦っていろんな人にメッセージを飛ばし続けて二時間。こんなに当たらないのはおかしい。関係は深くないにしてもそれなりの数の知り合いがいるはずだけどこの授業を捨てた人くらいしか見つからない。
しかもそういうやつに限って「自分は他で単位取れるから問題ないかな。」みたいな態度で答えてくるので癪に触る。私の焦りがまるで伝わらない。
なんで今になってこんなしょうもないミスをしてしまっているのか。私はこれでも要領の良い人で通ってきているのだ。別にその肩書が欲しいわけではないが要領が悪い人には思われたくない。
こういうところで何とかできるような人間でないと大学で上手く遊んでいけないとは心得ていたはずなのに、気づけば直接的に頼れるのはもう「あいつ」しかいないのか。
話したことがあるとか仲の良さで考えていって順番に頼って行った中で唯一飛ばした人物。私と同じ学部・学科・サークルに属していて、私が大学で最初に仲良くなった異性。そして、三月まで一番仲が良かった人物。
あいつは確かこの授業を取っていたはずだ。というか一緒に履修しようなどと決めたので大半の授業はかぶっているのだが一度も授業で話したことはない。別に今もきっと仲が悪いわけでもないが、これこそプライドが許さないという問題である。
ここまできて彼に頼りたくない理由はそれなのだ。
あいつに何か、それも今自分にとって一番大切ともいえることを頼むという行為がはばかられるのだ。はばかっているのは自分自身なのだが。
本庄稜也。
私の元カレ。




