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夜は静かに過ごしましょう。

バアン! とあまりに大きな音がしてリビングの扉が開いたので、さすがにそちらを向いた。母さんもびっくりしたようだったけれども、そこに仁王立ちしている人物を見ると、ため息をついた。長い髪をなびかせながら颯爽とリビングへと入り込んできた音の元凶はそのまま食卓の俺の前の椅子へと腰を下ろした。箸をもったまま呆然とそれを見るしかない俺と、両手を組みそこに顔を寄せて某司令官ポーズの春姉。そして、それを遠くからやれやれといった風に見ている母さん。なんだこれ。

「あのね、アキ」沈黙を破ったのは春姉だった。

「いくらお姉さまでも、あからさまに避けられると傷ついちゃうんだけど、その辺りどう思ってるのか聞いてもいいかな? そしてトートバッグに入っている新刊は私にも読ませてくれるんでしょう? ついでに、昨日は一体誰の家に泊まり込んできたんだ? あ?」

ええと。矢継ぎ早に質問が飛んできたのだが、順番に答えればいいのだろうか。

「決して避けてなどいないですよ、お姉さま。そして何故トートバッグに新刊が入っていると思っているのでしょう? そして昨日はミキ先輩の家に泊まりました。以上ですね」

そこまで言ったところで舌打ちされた。怖すぎかよ。聞かれたことに答えたのに舌打ちされましたよ。

「あんた、本当に幹尚のこと好きだね。早くくっつけよ」

「……、三次元を俺に求めるのはやめてほしいのですが。というか、そういう感じじゃないの知ってて何を言うんだ」

「だって、夏樹はいくみん一筋だから無理だし、そもそもなんていうか規格外じゃない。だったらアキしかいないでしょう。 否、蒼汰っていうのもちょっと考えたんだけど。出張とか単身赴任とか何かありそうでしょ」

二次元と一緒にしてるなよ。そんなにマイノリティに優しい世界だったら俺はこんなにも肩身の狭い思いをしていないはずだ。春姉の頭の中で自分がどうなっているのか考えるのは怖すぎるのでやめておく。上でも下でも正直勘弁してほしい。

そしてもう一つ付け加えるなら、自分の旦那様まで妄想の餌食にするのはやめて差し上げてほしい。蒼汰義兄があまりかわいそうなことになっていないのを祈るばかりである。

自分の姉とはいえ、結婚相手としてあまり推奨できる性格ではないと思う。蒼汰義兄にはもっといい人がいるだろう、と正直思ってしまう。それでもきっと、ほかの人を選ぶなんてことはしないんだろうな。そういうのは、なんていうか、すごく素敵だとは思うんだけど。

「……、その蒼汰義兄はいつ帰ってくるの」

「一週間後って聞いてるけど、場合によっては延びるって話よ。おそらく十日くらいじゃないかしら。なんでこんなに忙しい仕事選んだんだろうね。その辺りはちょっとあほなんじゃないかって思うわ」

いつの間にか棚からせんべいを取り出してきて口にほおばりながら返事をする春姉。

「ま、私が出張するわけじゃないからいいんだけど」と、軽口のように言う。何も気にしていないといった風に。それと同時にずい、とこちらへ手を伸ばしてくる。これは、新刊を要求されている。まだ食事中だというのに、本当、この人は……。そう思いつつも、トートバッグの中から青いビニール袋を取り出して手渡す。まだ俺も読んでいないのになぁ。まぁ、この人本を読むのはびっくりするほど早いから、今晩中には返ってくるとは思うけれど。それを満足そうな顔をして受け取ると、残りのせんべいを口に入れてから、そっと漫画を袋から取り出した。

それを見ると、この人は本当に漫画が好きなんだなとしみじみ思う。手つきが尊いものとか、価値のあるものを触るときのそれだ。俺は白米を咀嚼しながらそんなことを思う。もちろん、俺だって漫画は好きだが、しかし、春姉のそれは、なんていうか、客観的に万人が見ても認めるところだろう。

こういうところが苦手だ。それ自体は素晴らしいことだと思うんだけど、それをまざまざと見せつけれてしまうと、どうしようもなく逃げ出したくなる。

春姉は、何事にも自分の軸があって、それがぶれない。傍若無人にも見える行動にも、自分なりの理由があって、それを貫く。確かに敵もたくさん作る人ではあるが、それ以上の仲間と理解者を得ることのできる人だ。

うらやましいとも思うし、自分にはできないとも思う。

同じになれるわけではないのはわかっている。それでも。”お前はいったい何になれるのか”とその存在に問われているような気がして居心地が悪い。思い込みなのだろうか。自分に自信がないことの裏返しなのかもしれない。

最後の一切れの鮭を咀嚼して、嚥下して、幸せそうに漫画を読んでいる春姉を食卓において席を立つ。

食器を洗ったら直ぐに風呂に入ろう。湯船につかれば、少しはこの気持ちもさっぱりできるだろうと、そう思うことにした。




春姉はまだまだこんなもんじゃないです。

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