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階段は静かにおりましょう。


楽器屋を後にして弥と別れた。家に向かいながら、どうして今日こそバイトのシフトをいれなかったのかと悔やむが、時すでに遅し。このまま家に帰るのが憂鬱で仕方ないが、他に行く宛があるわけでもない。気が乗らないのとは裏腹に、足は家に向かって進んでいく。

最寄り駅からの徒歩十分は、いつもよりもあっという間に過ぎて、気がつけば家の前だ。「ただいま」と声を出して玄関を潜ると、家のなかは思ったよりも静かだった。春姉がいるときは、だいたい騒がしいのだが。靴を見ると夏兄はまだ帰ってきていないようだ。

リビングへ入っていくと母さんがお茶をすすりながら、テレビをみていた。

「アキお帰りー、ご飯は食べる?」

食べたいな、というと母さんが立ち上がりかける。慌てて「自分でやるから座ってて」と声をかけた。

「っていうか、夏兄が帰ってきてないんだ? 珍しいね?」

「そうなのよ! 詳しいことを聞きたかったのに”今日は帰りが遅くなります”の一言だけメールで送ってきたきり音信不通。本当に、あの子は誰に似たのかしらねぇ。って、返事をしてこないのは父さんもそうだったわね……。アキ、冷蔵庫の中に焼き魚があるからレンジで温めてね」

「はーい。インスタントの味噌汁飲んでいい?」

「いいわよ、そこの棚にあるでしょ。アキは自分でやってくれるから助かるわ……。家に帰ってきたはいいものの、何もしない春とは大違いね。否、違うわね。あの子は出ていく前から何もしなかったわ……」そう言いながら母さんは大きくため息をついた。春姉は相変わらずらしい。

「んで、その春姉は?」

「大方あんたの部屋でしょ。二階に上がったきり静かだもの、漫画読み漁ってる頃でしょうね。いつもこれくらい静かにしていてほしいものだわ……」

うわあ。自室に引きこもる計画はどうやら実行不可能だ。というか、勝手に人の部屋に入るをやめてほしいと何度も言っているのだが、まったく効果は無いようだ。

「そんな顔しないで、たまには春のことも相手してあげてよ。昨日、あんたがいなくて大変だったんだから」

むしろだから帰ってこなかったのだ、というセリフは飲み込んでおく。レンジに入れた鮭が程よく温まったのとほぼ同時で、電気ケトルのスイッチが切れた。茶碗とインスタント味噌汁、そして焼き鮭を食卓の上に並べていく。

「食べ終わったらお風呂入ってね。春はどうせ言ったって入らないんだからほっといていいわよ」

そうしたいのはやまやまなのだが、俺の部屋に居座っているということは、追い出さないと俺が眠れないということである。寝間着もとりに行かなくてはならないし、どっちにしろ春姉との接触は避けられない。

いただきます、と言ってから白米に箸を伸ばす。

「春の荷物、今回は一段と多かったのよね。きっと蒼汰さん、しばらく出張から帰ってこないんでしょう。こんなに出張ばかりで、ちょっとかわいそうね」

焼き鮭をほぐしながらここにいない蒼汰義兄のことを考える。この場合はかわいそうではなくて、寂しい、の方が適切なのではないかな。蒼汰義兄もそうだけど、きっと春姉も寂しいんじゃないだろうか。そうだとしても、本人は絶対にそんなことは言わないだろうけれど。

二人は蒼汰義兄の、強く強い押しによって結婚に至るわけだけど、春姉だってまんざらでもないはずなのだ。口ではうっとしいと言う癖に、結局最後はうれしそうな顔をする。幸せなんだなって思う。

「蒼汰義兄もたまには遊びに来ればいいのにね」

「あら、そんなことしたら春がすねちゃうわ」

なんで? とは思うものの、それ以上を問うことはやめておいた。味噌汁をずずっと飲みながら、この後自室に戻るかを考える。その前に風呂が先か。風呂を言い訳にすれば春姉を振り切ることもできるだろうか。

ていうかあの人日付超える前には撤収してくれるんだろうか。

などなど。白米をかみしめながらどうやって回避しようか考えていた俺は、気が付けなかったのだ。


その元凶が階段を下りてこちらへ向かってきていたことに。





いよいよ春姉の登場です。

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