ドアは静かに閉めましょう。
バタン、と思ったよりも大きな音を立てて玄関の扉が閉まった。
それをきちんと見届けて、一呼吸おいてから幹尚は息を吐いた。
気が付いていないふりをするのはもう何度目のことだろうか。二ケタになったころに数えるのをやめた。
暁良が憂いを帯びた顔をするのはほんの一瞬のことだ。瞬きする間に、何事もなかったような顔をしてそこにいる。弱さを見せてはくれないんだな、と思ったのはだいぶ前のことで、それが精いっぱいの強がりなんだろうと自分を納得させて声をかけることはしない。
必要だったらきっとアキの方から話してくれると信じたいのだ。
あの顔をさせているのは一体何なのだろうか。いっそ自分だったらいいと考えている自分に渇いた笑いしか出てこない。独占欲がないとは思っていないが、まさかここまでこじらせているとは。暁良に気が付かれる前に、距離をとらなくてはいけないと頭ではわかっていても、行動には移せていない。そんな自分に腹が立つ。
廊下の壁に背を付けて、そのままズルズルと座り込む。
頼ってほしい。必要とされたい。
そう思う反面、自分は頼られるに値する人間なのかを自分に問いかける。
嘘をついているわけではなくとも、すべてをさらけ出しているわけでもない。口にするのもはばかられるような感情が身の内に潜んでいることも自覚している。それでも、頼られたいと思うことは罪だろうか。
本当に自分はズルい、と幹尚はひとりごちる。
暁良の好意を利用していないと言い切れない。
自分には暁良が必要だ。
彼が、調味料が並ぶ棚に隠された自分の秘密を知ったら。
きっとアキは優しいから、それでもいいよと言ってくれるのだろう。
それでも言い出せないのはどうしてなのか。
「……本当に、どうしてだろうな」
思わず口に出していた。
弱い姿を見せられないのは、言えない秘密を抱えているのは、果たしてどちらの方だろうか。幹尚自身が、自分のことを信じきれないというのに、頼ってもらいたいなんて言えるわけがなかった。
頭を抱えてうずくまっても、気持ちは一向に晴れないままだ。
こんなとき、夏樹だったら自分のことを一蹴するだろう。何をらしくないことを、と叱責されるのがまざまざと目に浮かぶ。あの友人は自分の生き方に少しの疑問も持っていない。できることを全力で行い、常に最善の結果を出す。
彼の唯一の欠点は、手を抜くことができないことだ。最後まで全力疾走で駆け抜ける。それはそれで幸せなことばかりではない。自分で自分のことをセーブできないことは諸刃の剣ともいえよう。なぜならそれは、限界を迎える部分を自分で選べないということを意味する。大事なところで電池が切れたかのように動かなくなる夏樹を見たのは一度や二度では済まない。
彼の隣で過ごした三年間で嫌というほどにそれを思い知った。
肺から絞り出すように息を吐きだす。完璧な人間などいやしないのだ。夏樹はよくよくそういった。それを彼が言うと、一層重みがあるように感じる。
いっそ叫びだしてしまえればいいのに。そう思いながら、部屋の中に目を移す。
窓から差し込む柔らかな日差しが、恨めしく見えた。
そろそろ少しずつ動き出します。