ミキ先輩と夏樹兄④
「あんた、自分の弟なんだとおもってるのよ……」
「ミキが煮えきらないから焚き付けてるんだよ」
全くそれにしても、だ。
そもそも、アキにそんなことは求めていない。アキに何かを求めるつもりは端からない。手放せないのは事実だが、しかし、それもどこかで辞めにしなくてはいけない。
アキのことを好いているのは認めている。それは親愛と友愛と、それから恋愛の意味も孕んでいる。しかし、それをアキに伝えるつもりは最初からない。自分が苦しんだそれを、アキにも経験させる訳にはいかないのだ。彼には明るい家庭が似合うだろう。
ボロいアパートから出ていけない自分と、同じ道を歩かせることは、幹尚にはできないことだった。
それでも、アキが甘えてきてくれる間は甘んじて受け入れようと決めていた。それもあと少しだ。社会に出て仕事を始めたら、自分のところに来ることはなくなるだろう。早くそうなってくれればいい。自分からアキを手放すことは、きっとひどく難しいことだから。
「アキもそろそろ大人になる。俺とばかりも付き合ってられなくなると思うわよ」
「それはないな」即答した夏樹はついにグラスを空にした。「もしそうなら、こんなことになる前に、僕と春でお前からアキのこと引き剥がしてるよ」
「やりかねないわね」
「やりかねない、じゃなくて現実にそうしてたはずだよ。特に春は、あれでアキのことが大好きだからね」
それはあんたもでしょう、という言葉を幹尚は酒と一緒に飲み込んだ。
こんな軽口をたたいてはいるものの、夏樹自身も相当なブラコンである。ただし、本人は強く強く、否定してはいるが。
姉の千春、そして兄の夏樹。どちらも、方法として正しいかどうかは定かではないが、暁良のことをひどくかわいがっているのは確かなのである。その気持ちは幹尚だってよくわかる。
だからこそ、気持ちを伝えるわけにはいかないのだ。
「で、ミキはアキのどこが好きなの」
「……、あんた、本当に脈絡ないわね」
「酔っ払いに理路整然とした会話を求めるの?」
「酔っぱらってなんかいないでしょ、何言ってるの。でも、そうねぇ……」
そこで言葉を切った幹尚のことを、夏樹はテーブルの向こうからずい、と覗き込む。
もう、どこが好きだ、とかそういうところはとうに過ぎている。隣にいることができれば、それで十二分だ。
「しいて言うなら、目が、アキの目が綺麗だったから。一目ぼれだったのかしらね」
眉尻を下げて、少し困った顔でいう幹尚に向かって、夏樹は一度目を丸くした後、盛大にため息をついた。
「まじめに答えてるのに失礼じゃないの」
「否、答えがどうとかじゃなくて、その顔アキに見せてあげてよ。不覚にも僕ですら来るものがあったよ」
「嫌味なの、それ」
「本当だって」
夏樹の言葉はどうも冗談のようにしか聞こえないが、しかし、嘘ではないのだろう。