ミキ先輩と夏樹兄
ミキ先輩視点です。
「あれ、今日は髪上げてないの? サイドで結ってるというぼくの予想は外れちゃったわけだ」
個室へ入ってきての第一声がこれだ。遅れてきたというのに挨拶とかないのか。そんな突っ込みを律儀にしていたのはもう随分と昔の話だ。今はこいつに何を言っても無駄だということを良く理解しているので、口を閉ざしておく。そもそも、わざわざ言わなくても全部お見通しだろう。
顔面偏差値が高いと性格は最悪になるのだろうか。それとも、性格の良さを根こそぎ容姿に費やしたのか。どちらなのかは定かでないが、まあとにもかくにもこいつの性格は破綻している。正確には性格だけではないのだけれども。
黒い革のビジネスバッグを無造作に空いた席に置き、これまた乱雑にスーツの上着を脱いでいく。
そんな適当さとは裏腹に顔は優雅な笑みをたたえている。無自覚タラシよりも厄介なものはない。
「仕事お疲れさま」
「あぁ、ありがと。とりあえず飲み物頼んでいいかな、喉が渇いた」
はいはい、と二つ返事をして店員の呼び出しボタンを押す。
まだ十九時を少し回ったところなので、店もそこまで混んでいない。はーい、という元気な声でやってきたのは、女子大生のユキちゃんだ。
「あ、夏さんこんばんは。いらっしゃったんですね」
「こんばんは、いつもお世話になります」
「ユキちゃんも夏樹の顔を見て動揺しなくなったわね」
「まぁ、お二人が通われるようになって一年以上たちますし。それでもたまに見惚れますよ」
イケメンって怖いですねぇ、とユキちゃんは冗談のように言った。はにかんだ顔がかわいらしい。
生二つと適当に軽くつまめるメニューを頼むと、ユキちゃんは個室を後にした。
夏樹と呑むときは必ず個室の居酒屋だ。そうしないと、この無自覚天然人たらしのイケメンはすぐに取り囲まれてしまう。それを自分で少しは自覚してくれればまだ気も楽なのだけど、その気配は全くない。
なんで自分が、とおもいつつ、ここまで腐れ縁のようにずるずるつるんでしまっているのは、気を遣わなくて済む相手だからだろうか。
あとは高校時代の三年間、夏樹の世話役をこなしてしまったせいなのかもしれない。