8
目が覚めると祖父が住まう別宅、篠葉亭に寝かされていた。
すぐ傍らには篤臣が目を覚ますのを待っていたのか、身動き一つせず枕元に座っている。
俺と目が合うとホッとしたように顔を綻ばせ、もしかしなくてもかなり心配をかけてしまったかもしれないと申し訳ない気持ちにかられた。
ゆっくり上半身を起こし、部屋を見渡す。どれくらい寝ていたのだろうか、時計がない部屋では今の日付も時間も分からない。
「……半日ほど休まれてましたよ。今はもう夜更けですから」
俺の考えを察したのが尋ねる前に篤臣が答えた。
よく見ると辺りが暗い。部屋にある小さなランプシェードが柔らかい灯りを燈していた。
「お祖父様は?」
「お休みになられています」
「そうか、ならいい」
本当は今すぐにでも説明を求めたかったけれど、寝ているのなら明日でも構わないだろう。そこまで急を要してはいない。
「お、やっと起きたか。オハヨウゴザイマース」
障子が開いたと思うと、愁馬が姿を見せた。
途端、篤臣の眉間に皺が寄る。
「お前は呼んでいない。客間に戻れ」
「そこの姫さんは説明して欲しいんじゃないかと思ってさ、今回のこと」
篤臣の態度に屈することなく、愁馬が部屋に入ってきた。俺の足元に座すると、うやうやしく両手を付き頭を下げる。
「改めまして私は火毬家当主嫡男、愁馬。先刻の無礼についてはご容赦願いたい。そしてこれから話すことについては全て青葉後宮、篠雨様のお言葉として聞いていただきたくこちらへ参りました」
「なッ! 何故旧家のお前が後宮様のご伝言を賜るのだ!」
「篤は知らないだろうけど、僕は篠雨様の近衛になったんだよ。特例でね」
「なッ!」
篤臣の顔がみるみるうちに青ざめていく。
特例なんて許されるものなのだろうか。今までの通例からして考えにくいが、お祖父様ならその『もしかして』があり得るだけに、何とも判断がつかない。
篤臣を無視する形で愁馬は話を続ける。
「君の体の中にあるもう一つの魂を目覚めさせた」
「もう一つの魂……?」
「そう、青葉家に代々受け継がれる対の魂。それはそのもう一つの魂に認められることが絶対条件。君は元々篠雨様に宿っていたその魂に認められ、その後継者となったんだよ」
樹が言っていた「もう一つの卵が孵る」という話はこのことだったのか。
「今、君の中には青葉家の守り神である黒龍が生きている。黒龍は荒ぶる神。使い方を間違えればすぐにでもこの日ノ本は沈みゆく泥船と化す。だから全てが託されたと言ってもいい」
その証拠に、と手鏡を渡される。自分の顔を見るように促されると、片目だけが金色に変わっていた。
「黒龍の目だ。それを使えば望むものは全て見通せる。特に君は気に入られているようだね。篠雨様には必要な時しかその目を使わせてくれなかったのだから」
「俺が……後継者……?」
もう一度鏡を覗き込む。嘘でもなければ幻でもない。
『お前は俺の一部だ』
鏡の中で光る金色の瞳が、俺にそう告げているようだった。