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「お祖父様もお元気そうで何よりです」
そう言って跪き、祖父の手の甲に口付ける。
祖父は満足げに頷くと、近くの椅子に座りこちらを見た。
「颯、これから話すことは例え家族であっても他言無用だということを心せよ。知っているのはここにいる全員と、あとは三大老の子息のみ。他には決して言うな。よいな?」
年齢よりもハリのある声と、Noとは言わせない圧倒的な存在感が元国家元首なのだということを思い出させる。
俺は返事と同じくして首をゆっくり縦に振った。
「黒龍紀を盗んだ犯人を捕らえよ。生死は問わない。黒龍紀だけは確実に取り戻せ」
「後宮様!」
篤臣が思わず前に出たが、祖父は気にせず話を続ける。
「遠い遠い過去、戦乱にまみれた時代を経て平和を享受し、その平和をみなが愛した。しかし小さな諍い、綻びから憎しみと悲しみ、そして絶望と恐怖が国を包み、再びこの国は戦場と化した。そこからまたやっと平穏に過ごせる日々が訪れている。私はその平和と静寂を壊したくはない。そして颯、それを守るのはお前なのだ」
「……俺では力不足じゃありませんか?」
思わずふと頭に浮かんだ疑問を投げかける。
国の存亡がかかわるというのであれば、今の当主である父が行うべき問題のような気がしたからだ。
俺は次期当主であって、現当主ではない。国の為に何か出来るほど自分を過信してもいなかった。
「虎翠には出来ない。お前だけが出来るのだ」
苦々しく眉根を寄せる祖父にそれ以上聞いてはいけない何かを感じ、思わず言葉を飲み込む。
篤臣も篤臣で唇を噛みしめ、何かをこらえているようだったが、祖父の御前で勝手に動くことはできないようだった。
「颯、こっちに来なさい」
「はい」
呼ばれるまま、祖父へ近付く。
「ひとふたみよいつむななやここのたり、ふるべゆらゆらとふるべ」
そのまま額に手を当てられると、祖父が何かを唱え始めた。愁馬もそれに続き、何かを唱え始める。
それが『布瑠の言』と気付いた時にはもう遅く、とっさに篤臣が背後から肩を抱き、支えてくれているようだったが、指一本自由に動かせないままその場に膝をついた。
何が起きているのか、理解しようにも判断材料が乏しい。
全てが理解不能で、絡んで取れなくなったチェーンみたいに、もがけばもがくほどドツボにはまる。
「ッ!」
そして急に締め付けるような強い頭痛が起きた。
体感したことがない痛みに身体がねじ切られる。水中にいるかのように呼吸も上手く出来ない。
「颯さん!」
「ふるべ、ゆらゆらと……ふるべ」
何度も繰り返される言葉に段々気が遠くなる。
自分が今起きているのか、眠っているのかも分からないくらい思考に靄がかかっていく。
「颯、すまない」
祖父が何かを言っていたがそれを言葉として認識できないまま、俺は一切の思考を手放した。