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しかし紅を含めた三大老、近衛二家、青葉家に黙ってそれを行っていてはいささかまずい気がする。
火毬という、とうに国家の基盤から外れているものたちに国内情勢を知られてしまうのはそれこそ国家の混乱に繋がっていくだろう。俺は思わず眉をひそめた。
「ああ、そんなに心配しなくてもこれは君のお祖父様から直接依頼があったことだよ」
「お祖父様、が……?」
祖父は体があまり強くなく、還暦を過ぎた辺りで俺の父に当主を継承させている。
今も入院したままだと聞いているが、基本的に盆正月以外は見舞いに行っても門前払いで詳細はわからない。
当主であった頃は俺への風当たりが冷たく、優しくされた記憶はほとんどないがこの国を愛していたことだけは見ていても分かった。
国のトップとしては本当に初代元首を彷彿させる見事な手腕で、国民がみな祖父を敬愛し、慕っていたのだから。
だがしかしその祖父が火毬へスパイ紛いのことをさせていた、となると大問題だ。
おまけに祖父が火毬家へ送った直筆の親書を見せられては、その行為が行われていたことは明白だろう。筆跡鑑定に出すまでもない。
「どの時代も一番恐ろしいのは近くの人間、ってことさ」
「それは近衛としてはだいぶ聞き捨てなりませんね」
その声に振り返ると愁馬に冷ややかな視線を向けた篤臣がいた。
篤臣は俺を自分の影に隠すと、そのまま隠し持っていた銃を愁馬に向ける。
愁馬は銃を向けられても特に動じる様子はなく、むしろ変わらず軽い口調で篤臣に話しかけた。
「思いのほかお早い到着で。ご苦労さん」
「幾重にも防護壁と保護フィルターを張っておいて何を白々しい」
「銀ならあんなの簡単に破れるよねえ? ああ、それとも『あっちゃん』には出来ないのかな?」
カチャリと銃の安全バーが外される。
銃口が愁馬の脳天に突き付けられた。
「黙れ、それ以上その名を呼ぶな」
「僕は前みたく『愁ちゃん』って呼んでくれてもいいんだけど」
「五月蝿い!」
いつも淡々としている篤臣が声を荒らげるのはよっぽどなのだろう。
会話を聞いていて思ったが、もしかしなくてもこの二人はとてつもなく相性が悪いのではないだろうか。
「そもそも青葉家の子息に対し、誘拐まがいのことをしてタダで済むと思ってるのか!」
「んー、タダでは済まないでしょうねえ。篠雨様はどう思われます?」
その声に呼ばれるかのように現れたのは青葉家前当主、青葉篠雨その人だった。
「篤臣、その手を下げよ」
「……はっ」
「颯、久しいな。暫く見ないうちに随分と『らしく』なった」
祖父は入院していたことがまるで嘘のように顔色も良く、自分の足でしっかりと歩いている。
服も当主時代に好んで着ていた鶯色の和服で、それはまさに当時の風貌そのままだった。