5
「一般人の立入禁止区域、レベル4の旧火毬邸跡地……」
「まあ現在は国立総合研究所紅支部、だけどね」
樹の父が支部長を務めているという国立総合研究所紅支部──通称、陰陽舎は、唯一御所の外から『呪詛』を施すための場所だ。
呪詛と言っても誰かを呪ったりするようなことはほぼなく、国のためにならないような綻びを見つけ、それを陰陽の力で押さえつけるという、いわば浄化部門。
しかし穢れと隣り合わせとなり、国家元首の側で行うことは無礼に当たるため、御所外の鬼門を選んだはずなのに、よもやこんな日の届かない場所になっていたとは知らなかった。これではただの廃墟だ。
「君に見せたいものがあるんだ。ついてきて」
男は勝手知ったるといった様子で草木をかきわけ、敷地の奥へ奥へと進んでいく。今更置いて行かれても仕方がないので、俺もそのあとに続いた。
庭を進み、建物の中に入っても当然セキュリティがあるが、それも問題なく通過。途中誰にも会うことなく、目的地らしき部屋に通された。
その部屋は見渡す限り壁一面が本に埋め尽くされており、紙の焼けを防ぐためか窓が一つもない。美術館の照明程度の明かりがほのかにその場を照らしていた。
「蒼国記は知ってるよね?」
蒼国記は日ノ本が統一君主制になってからの記録が事細かに記されている記録書である。
もっとも、改ざんを防ぐため保管場所を知っているのは青葉、金宮、銀、雨地、白鳥、紅家各筆頭家長のみ。
保管場所を知らされるということは、そのタイミングでお前が家を継ぐんだぞ、という家長交代儀式の一環でもある。
なので、存在は知っていてもまだ保管場所までは知らされていなかった。
「実はその蒼国記の中でも最も重要な記録が盗まれた」
「は?」
「黒龍紀。悪用されれば日ノ本がまた戦火の海に包まれるシロモノさ」
突然の話にいよいよ頭の処理が追いつかなかった。
いや、そもそも黒龍紀だなんて存在は父からも聞いたことがない。
「僕はね、火毬家の人間だよ」
男が不意にIDカードを見せる。
カードにはこの建物の旧所有者である火毬家の人間、火毬愁馬であることが記載されていた。
「……どうして調べた」
「愚問だなあ。紅が台頭する前は火毬家こそがこの道のトップオブトップだったのに。こんなもの調べるまでもなく分かるよ」
「式神を使うことは紅以外禁止にしているはずだ」
「式に頼らずとも毎朝勤めで火を見ていれば、自ずと教えてくれるさ」
火毬も紅もどちらも火を扱い、その力を使って日々の業務にあたっている。炎と彼らは切っても切れない関係だ。
おそらく、火毬は一線を退いた後も以前と同じようにずっと影から日ノ本を見てきたのだろう。
しかも紅家には黙って。