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「あんた、誰」
「……あえて言うなら敗者、ってとこかな」
「何故俺を知ってる」
「そう警戒しないでよ、別に取って食おうってここに呼んだわけじゃないんだからサ」
そう言う男の手のひらにはいつの間にか短刀があった。古びてはいるが刀身は手入れが施され、きっと切れ味がいいだろう。
「目的は」
「ちょっと来てもらいたい場所があるんだよね」
小刀が喉元につきつけられる。ヒヤリとした感触が生々しく、抵抗すればおそらく命はない。
「……わかった」
「ありがとう。話のわかる子で良かったよ」
男は小刀を胸元にしまうと、俺の真後ろに立ち、外に出るよう言いつける。
外には先ほどの死体について事情を聞きに来た憲兵隊の姿が見えた。
「そうそう、憲兵隊に言ったらどうなるかわかるよね」
言う前に小声で耳打ちされる。
もし万が一、何かの事件の人質になったら犯人を刺激してはいけないと言われていたが、まさかその教訓が活かされる日が来るとは夢にも思わなかった。
基本的に当主の近衛は側を離れないことが要求されているし、そもそも俺が国家元首の血縁とバレなければ、こんな事件に巻き込まれる確率は天文学的な数字に等しい。
犯人には要求というものが必ずある。
その要求が(例え一時的だとしても)叶えられる見込みがあったり、内容自体を法外なものに出来るのはその人質に価値があるかどうか。
一般人をさらったところでレジスタンスには何の利益ももたらさない。
そしてすぐに殺されていないということは、つまり今の俺は人質としての価値があるということだ。
「あ、すみません。今あった事件の聴取で校内にいた人全員、外に出られないんですよ」
俺達が外に出ようとしているのを見つけた憲兵が声をかけてきた。
「申し訳ありません、この子の父親が事故に合ったと連絡がありまして、もしかしたら……。い、いいえ、大丈夫だとは思うのですが念のため急いで病院へ向かわなければならないのです。事情聴取については後日必ず対応しますので、今は行かせてもらえませんか? お願い致します! このとおりです!」
男が憲兵にペラペラと嘘を並べ立てた。
しかもそれはそれは名演技で、誰も嘘を言っているようには見えない。
憲兵もそれは仕方ない、父親は大事にしなければなとあっさり通してくれる。
もう少し突っ込んでくれよと内心思いながらも、校門を抜けた俺たちはそのまま男が用意していた車に乗り込み、少し離れた場所に向かう。
着いた先では厳重なセキュリティーが幾重にも張り巡らされていたが、男は1枚のカードをかざすだけで次々とロックを解除していった。
だいぶ前に建てられたであろう寺社のような建物、雑草が伸び放題の鬱蒼とした庭。そして見覚えのある家紋。
ここは……。