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「何か用? もうすぐ昼休み終わるから長くは話せないけど」
「黒龍を見たというのは本当ですか」
その一言で全てを理解した。
俺が言う前に情報が既にリークされている。さすが樹。手が早い。
「樹が『もう一つの卵が孵る』って」
「……もしかして!」
「そ、よくわかんないけどあいつが言うんだから間違いないだろ」
「颯さん、よく聞いてください。卵というのは……」
篤臣の言葉を遮るように甲高い悲鳴がその場をつんざいた。
「ごめん! 何かあったみたいだからその話は後で!」
「あっ、颯さ……!」
俺は篤臣の電話を無理矢理終わらせ、階段を駆け下りた。
悲鳴が聞こえたということはここからそう遠くはないだろう。
そのまま廊下を走り、その視界の少し先に人だかりを見つけ、かき分けて前に出る。
そうして視界が開けた先には、先程自分に説教をしていた教師の変わり果てた姿があった。
おびただしい赤がその場を染め上げ、鉄の匂いが充満している。あまり長時間いれるような場所ではない。
「ちょっと君、いいかな」
肩を叩かれ、声のする方向に顔をあげると白衣を着た養護教諭がいた。
「さっきこの先生にお説教受けてた子だよね? ここだとあれだし……ちょっとついてきてくれるかな。話が聞きたいんだ」
……まさかとは思うが犯人と疑われてるのか?
その養護教諭の言葉が聞こえたのか、周りにいた数名がこちらに視線を向ける。
よくある「カッとなってやった」とか「説教がうざかったから」といった、そういう短絡的な動機でこの惨状を作り出したと思われているのなら、それは心外だしそもそも俺は犯人じゃない。
事情聴取的なものであれば早々に疑いを晴らさないと、憲兵隊が来た時に面倒なことになる。それだけは理解できた。
俺は教師に促されるまま後をついていき、あまり馴染みのない保健室にたどり着く。
保健室も保健室で消毒液の匂いが鼻についたのだが、すぐにそれは芳しい珈琲の香りにかき消されてしまった。
「君も飲むかい?」
「いや、別に。それより話って? さっきの先生についてなら、俺は昼休みずっと友人と一緒にいたんで犯行は不可能ですよ」
「ああ、別に犯人探しをする気はないよ。ただの口実。君と二人っきりで話がしたくて」
「俺と?」
「そ。青山くん、だっけ。……いや、青葉颯くんと言った方が正しいかな?」
咄嗟に距離をとった。
この学校で俺が青葉家の人間だと知っているのは樹だけ。
学校外となれば三大老クラス、もしくは自らこの情報を調べまわった反社会蜂起団体あたりでなければ、わからないだろう。
そして目の前の男はおそらく後者。
先程から禍々しい空気が肌にまとわりつき、樹じゃなくても相手が不審人物ということくらい分かる。