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漆黒の美しい龍が空を飛んでいた。
龍なんて見たことが無いし、どうしてそれを美しいと思ったのかも分からない。だが本当に美しい、と形容する他に表現する言葉が見当たらないのもまた事実だった。
龍は俺を一瞥すると、そのままゆっくりと目の前に降りてくる。
龍は古より神に讃えられし架空の生物で、どちらかというと近寄りがたいというか恐怖すら覚えるはずなのに、不思議と懐かしさがこみ上げてきて俺は思わずその龍に触れた。
すると黒龍はゆっくりと瞬きをしてから口を開ける。
「我と伴に生きよ」
あ、喋ったと思ったのはつかの間、龍はクルクルと周りを飛び回る。
そのうち金色の光が辺りを包み込み、まぶしさに思わず目を閉じてしまう。光が強くなるにつれ、龍の気配が段々と薄れていく。
手を伸ばして探したが見つからない。
そして次の瞬間、頭に軽い痛みがあり俺は世界を認識した。
気がつけばそこに龍はおらず、代わりに角を生やしたであろう教師が仁王立ちで俺を睨んでいる。
教室ではクラスメイトが様子を伺うように、恐る恐るこちらを見ていた。
教師の手には丸まった教科書が握られている。先程の痛みはこれが原因らしい。
「あーおーやーまーっ! お前はどうしてそうも堂々と俺の授業を寝れるんだ!」
どうやら寝ていたのは間違いない。
なるほど、合点がいった。そうか夢か。
「んー、つまんないからじゃないですか?」
「きっ、貴様~!」
「この授業内容、確か……そうそう、5年前に勉強終わってますし。カテキョが教えてくれたからスイスイ進んじゃって! あはは、どーもすいませんね。優秀過ぎて申し訳ない!」
まあ、嘘は言っていない。
この教師の授業においては、校内どの科目をみても稀に見るつまらなさで有名だ。教科書を読み上げるだけ。以上。まずあり得なさすぎる。
それで給料を貰っているというのだから給料泥棒と言ってもいいレベルだろう。そろそろ教育委員会に突き出されてもおかしくない。
そもそもこの国史という授業は俺からしたら子守歌レベルの内容で、ペーパーテストなら確実に満点を叩き出せる。
……まあそれもそのはず。俺は今こそ一般人を装っているが、国の歴史を知らないわけにはいかない立場。
この国、日ノ本(ひのもと)を統治・主導している青葉家の後継者なのだから。
とは言っても現状、俺が後継者だと知っているのはほんの一握りの人間だけで、社会勉強として今は青葉颯ではなく『青山颯』として生活している。
だからこの教師も軽々しく俺の頭に教科書のクリーンヒットをかませる事が出来るのだ。感謝して貰いたい。
キーンコーンカーンコーン……
なんやかんやで授業終了の鐘が鳴る。
何も言い返せない教師はモノに当たり散らしながら教室を出ていった。