序
過去の人間の歴史を鑑みても、強大かつ、巨大な力というものはいつの時代も余分な諍いを生むものだ。
争いはじわじわと人の心を侵食し、そして小さな火種は大きな戦火へと変わる。
だから同じ過ちは繰り返さないよう、慎重に事を運ぶために歴史を学ぶ。
人間は学び、それを活かすことが出来る生き物だ。
だが今まさにその火種が戦火に変わる瀬戸際であることを、多くのものはまだ知る由もない。
「颯さん、やっぱり会いに行かれるんですね」
身支度を整え、今にも出かけようとせんする少年を呼びとめた男は、真っ直ぐにその少年を見据え、じっと目を逸らそうとしなかった。
逸らせないというのがこの場合正しいのか、颯と呼ばれた少年は男の方に振り返るとにっと笑い、心配するなと付け加える。
「やはり自分も行……」
「ダメだ。お前はここを守れ」
「ですがあちらも一人で貴方を出迎えるわけない!」
声を荒げ、少年の肩を掴んだ。
少年の成長期途中のその体は、大人びているようでどこか子どもの雰囲気を漂わせており、それがまた危ういバランスで成り立っている。
見るものが見たらその芳香に酔いしれて、壊したくなるほどだ。
それを男も知っているようで、少年が抵抗しても身を引く素振りは一切なかった。
「篤臣、離せ」
「離したら行くでしょう!」
少年は男の腕を掴み、剥がそうとするが力の差があるのかびくともしない。
男も男で躍起になり、腕の血管が浮き出ている。
力では適わないと踏んだ少年は一度抵抗するのを止めると、隠していた片目の眼帯を取り、男を今一度見遣った。
外された片目は黒目部分が金色に光り、まるで瞳に玉を埋め込んだかのように美しい。
その目を見て、男が少しだけたじろぐ。
「お前は俺の何だ」
「貴方の盾であり、刀でもあります」
即答するほどハッキリとした関係性であるにも関わらず、その身を捧げる少年へ反抗する。
この場合、反抗と言うよりはその身を案じての行動だが、それでも主君であろう少年は特に怒る素振りも見せずただひたすらに男を見つめた。
「信用できるのはもうお前だけだ」
「ではなぜ……!」
「帰ってきたらちゃんとおかえりって言ってほしいんだ」
「!」
男は返事の代わりにゆっくりと掴んでいた手を放した。
開放されたことに満足したのか、少年も再び眼帯を付け直し、強ばった空気が少し柔らかくなる。
「……いってらっしゃいませ。どうか気をつけて」
「じゃ、いってきます」
互いに挨拶を交わし、少年が書院造の玄関から出て行く。
この後、少年がこの場に戻るまでにかなりの時間を要することになるのだが、それはまた別の話。