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4、第1回 無礼講ですよ <下>

飾り罫線 (◆―――――――◆)で視点が変わるようになります。

今回はほぼ二人の酔っ払い恋愛トークになります。


 たろさんは動揺した様子で黙っていた。


 梅酒が美味しくておかわりもらっちゃいますよ。

 これなんて銘柄かなぁ、聞いて帰ろっと。

 あ、ゆず酒無いか聞けばよかった。


「まぁ、たろさんならこれからものすごい年下の奥さんもらっちゃうかもしれませんね」

 幼な妻ですよ、幼な妻。

「って堀ちゃん、俺に彼女もいないって決めつけてるよね」


 ━━━!!

「いらっしゃるんですか!  それは大変失礼しました」

 確かに! 頭から完全に決めつけてましたよ。

 これは申し訳ない事を。

 わたしと同類にしていい相手じゃなかったのをすっかり失念しておりました。


「いや、まぁいないからいいんだけどね」

 たろさんはグラスを傾けた。

 はいはい、絵になる絵になる。

 なんというか、ずいぶん穏やかになりましたねぇ。

 とても38歳に見えませんよ。

 あの頃とは違った魅力を会得されましたね、たろさん。

 もう王子という感じではない。

 王子が成長すると王様だけど、威厳があるわけではない。

 ちょっぴり優男風でもあるから、さしずめ元王子? うーん、アルコールの回った頭では残念ながら適当な言葉が見つからないや。


 1回目の合コン開催でたろさんとプライベートのメールアドレスを交換した。

 盛り上がっての事ではなく、ただ単にお互い幹事だったからだ。

 少しだけ私的なメールもしたが、半分は出張先からの飛行機予約の連絡だった。

 当時、同期や仲のいい社員さんとの連絡にはプライベートの携帯で予約番号などを連絡していたので、そのうちの一人だった。

 その頃から「にっくき佐々木 太郎」は「たろさん」に変わった。

 だって、たろさんからのメールはいつも最後に「たろ」って署名があったんだもん。

 

「会社で社員の結婚に協力みたいな福利厚生はないですか。40前後の独身者かなり多いんじゃないですか?」

「周りを見て安心できるくらいには・・・ていうか半分はそんな感じかも」

「安心してちゃだめですよ、社長が社内恋愛成就のお手伝いしてくれる会社とかあるって前テレビでやってたんですけど、やるべきですよね」

 会社に行く楽しみも出来るってもんだと思う。


「メアド変えた?」

 ふとたろさんはそんな事を言い出したので正直困った。

 いまさら連絡先交換してもなぁ、というのが正直なところだった。

 もうめんどくさいんだよなぁ。

 実りない相手との連絡先交換とか。

 滅多にメアド交換もしないから自分のアドレス出すのも毎回時間がかかるし。

 はい、ワタクシ、自分のアドレスを覚えてない系のガラケー利用者ユーザーです。

「退職してから1回変えましたけど、連絡したような、してないような・・・」

「送ってみていい?」

 意外なことにたろさんもガラケーだった。

 これは本当に意外だった。

 

 わたしはネットはパソコンで見られるし、ほとんど電話はしないので月々2千円位のプランなのでどうもスマホに移行する気になれない。

 壊れるまで使う気でいる。

 携帯さんにはまだまだ頑張ってほしい。

 その携帯に着信音が鳴って、「たろさん」と表示された。

「たろさんもアドレス変わってないんですね」

 そう言ったら、たろさんは少し驚いた顔をしていた。

「まだアドレス残ってたんだ」

「いやいや、お互いさまでしょう。たろさんだって私のアド残ってるじゃないですか。アドレスって付き合ってて別れた、とかじゃないと消さないもんですよねー」

 絶対に連絡を取らないような相手でも、なんとなく消せずにいる。

 万が一連絡があるかもしれないし、消してしまうのはなんだか罪悪感じゃないけど後味が悪いというか。

 縁をぶった切るみたいでしたくない。

 どうせメモリーにはまだまだ余裕あるんだし。

 まぁ何年も前に合コンとかで交換しただけの相手とかがふと目につくと消したりはするけど。


◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆


「あの頃、『細くて顔色悪いけどこの人大丈夫か』みたいな人とか、『自分からは告白しなさそうな人』みたいな、そういう感じの人がタイプだったんですよ。でもわたしは告白してほしい派なんですよね」


 母性本能をくすぐられるタイプがいいという事なんだろうか。

 しかし堀ちゃん、そこには矛盾が無いか。


「堀ちゃん、それどうにもなんないじゃん」

「ですよねー。もっと早く気付くべきでした。たろさんの好みのタイプはどんな感じですか?」

 お互い酒の力を借りた体であけすけに話せる空気になっていた。

「タイプ、タイプねぇ」

 そう聞かれると返答に困る。

「だって合コンとか多かったんですよね、こう並んだ時に目が行くというか、あるじゃないですか。可愛い系ときれい系とか」

「可愛い系、かなぁ」


 この年になると出会いも本当になくなる。

 最近そう言った会話が無いのでとっさに答えられずにいると、堀ちゃんが「まさか」という顔をした。


「もしかしていつも女の子から言ってくるから付き合うパターン?」

「そういう時もあるけど。付き合ってみないと分からないしさ」

「うわ~、さすが」

「出たよ、これ」みたいな言い方だった。

 堀ちゃん、リアルに引くのやめてくれないかな。


「ちゃんとしたお付き合いしますよ、俺は。今は好みのタイプとか贅沢言ってられる身分じゃないんです」

 婚活イベントのような存在も知ってはいるが、そこまでガツガツする気にもなれない。

 多分、最後の無意味な矜持みたいなものがあるんだと思う。認めたくないけど。

 堀ちゃんは「またまたぁ」と社交辞令的な返しをしてくれた。


「たろさん、実は『合コンとか行かなさそうな子』がタイプだったりしません?」

 ふと堀ちゃんが衝撃的な一言を発する。


「いやいや、それはないって」

 何を突拍子もない事を。

 否定はしたが、いや待てよ、と思う。

「あーでも確かにそう言われると、そういう子、いいかもしれない」

 というか、男ってみんなそうかも。

 スレてない感があるというか。


「でもそれ言ってたら出会い無くない?」

 堀ちゃんはそれは楽しそうに「ですよねー。難しいもんですねぇ」と笑いながら深く頷いた。

 こんなに充実した飲みは久し振りな気がする。


 日付が変わりそうな時間になって堀ちゃんが「そろそろ」というので一緒に席を立った。

 長居していたし、一緒に出る事にした。

 昨今は物騒なので女性を一人で歩かせるのも心配だった。


「忘れてるよ、これ」

「うわっ、やばい、わたし酔ってますかね」

 引き出物を忘れかけたので手に取って声を掛けたら、とても恥ずかしそうに「えへへ」と笑った。

 とても楽しい時間を過ごす事が出来たおかげで特に考えもなく、全額出そうとしたら「いやいやいや、めっそうもない」と断固拒否された。

 マスターが笑いながら「女性千円、男性4千円になります」と助け船を出してくれた。


「お気をつけて」というマスターに堀ちゃんは「ごちそうさまでした」と言った後、こちらを見て困ったように笑った。

「ごちそうになります。たろさん、相変わらずですねぇ」


 大通りからタクシーを拾うというので連れ添って歩いたら、ふいに彼女は見上げてきた。

 あれ、この子こんなに小さかったっけ。

「たろさんももう帰られます?わたし東山本なんですけど、おうちってどの辺ですか?相乗り出来るなら割り勘にしません?」

「あ俺、西山本のあたり。じゃあ途中で降ろしてもらおうかな」

「近くまで回るからちゃんと言ってくださいね。えと、山本タクシーさんいるかな~」

 堀ちゃんは背伸びしてまばらに停まったタクシーを見渡した。


「山本タクシーがいいの?」

 ご希望のタクシー会社があるなんて結構飲みに出てるんだろうか。

 さっきは久々の街飲みだとは言っていたけど。 


「地元のタクシー会社だから家の説明するのがラクなんですよ。昔は地元だと昼料金にしてくれるってサービスあったけど、不景気だしもうやってないかな。あぁ、いないなぁ。電話して来てもらっていいですか? すぐ来てくれると思うんですけど」

 以前はこの通りにも客待ちのタクシーが並んでいたがリーマンショック以降、どこも減っている。

 堀ちゃんは慣れた様子で電話し、「5分もかからないそうです。すみません、つきあわせちゃって」と済まなさそうにした。

 慣れたタクシーの方が女の子は安心だろうから、そんな顔しなくてもいいんだけど。


「なんか、さすがって感じだね」

「いえいえ。電話してもらった方が確実にお客さん乗せられるから、いなかったら電話してって、電話番号の入ったタオルもらった事あって。それ以来お世話になってるんです」

 楽しそうに笑っていた。

 さすが元経理部。

 本当にしっかりしている。

 飲み会では釣り用に万札を千円札に崩して持参、会計時には集金してプロの手つきでお金を数えていた気がする。

「清算になると酔いが綺麗に冷めるんですよ。嫌な職業病ですよ」と言っていたのを思い出した。

 年下なのに、とにかくしっかりした子だった。


 ふと会話が途切れた時、なんとなく堀ちゃんの頭に手を乗せてみた。

 タクシーの到着を見るためやや斜め前に立つ堀ちゃんの頭が、自分の胸の高さにあるのを見て、なんとなくそんな気分になった。

 堀ちゃんはしばらくそのまま動かなかったが、やがてこちらに首を回して呆れたような顔をした。


「これ、たろさんの癖ですか。女の子が誤解するから気を付けた方がいいと思いますよ」


 ……あれ、俺、前にもしたっけ?



 彼女が退職する前の年、クリスマスの日に偶然退社時間が一緒になった。

 いつもは俺が残業で遅いので初めての事だった。

 翌日から出張で、機械を出荷した後だったから早く上がれたのだ。

 次に会社に出社するのは1月下旬の予定だったのでクリスマスなのに「良いお年を」と言って別れた。


 来年は、もう少し彼女と話してみたい。


 そう思っていたが、年が明けて出張が延びたり、立て続けに次の出張が入ったりして次に堀ちゃんに会ったのは2月下旬だった。

 出張費の精算に行った時、彼女の左手の薬指に指輪が嵌められているのを見た。


「堀ちゃん、年末年始の休みのうちに彼氏出来たってさ」


 俺と高校の同級生であるが、堀ちゃんと同期入社した高田がビッグニュースと言わんばかりに教えてくれた。

 あか抜けてどんどん綺麗になる年頃にもかかわらず、入社以来彼女に浮いた話はなく、だから「来年から」とタカをくくっていたのだ。


 その年の夏、彼女は退職した。



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