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会社一のイケメン王子は立派な独身貴族になりました。(平成ver.)  作者: 志野まつこ
第2章 おまけのコーナー <その後の二人>
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10、それは突然やってきた <提案>

 たろさん、まさか魚まで捌けるとは。

 もう、なんともいたたまれない感がハンパないのですが。


 先週は深夜残業続きだったから、わたしがすべきだとは思うんだけど「もともと俺がやるつもりで持って来たから」というお言葉に、負けた。

 女として、彼女としてどうかと思うが、その誘惑に完膚なきまでに負けた。


「昔、会社で一時期海釣りが流行った時期あるの知らない? 高田に無理やり連れて行かれて、しばらくハマってやってたんだけど、さすがに毎回お袋に処理させてたら自分でやれと言われて、そりゃそうだ、と」

 そう言えば、社内報で釣り大会の写真とか出てたような?

 わりと年齢層が高いメンバーだったと思うけど、たろさんもその一員だったとは意外だった。

 あの会社の人は趣味につぎ込むか、趣味を持っても楽しむ時間がなくて遠のいてしまって無趣味状態のどちらかの人が多かった気がする。


「素晴らしいです、たろさん。うちの父もたまに釣りはするんですけど、釣った後は母に丸投げなんですよ。釣りは、『捌いて家族に振る舞うまで』が釣りですよねぇ」

 包丁を使う手の邪魔にならないよう、たろさんの右側に離れて立ってその様子を学ばせてもらう。

 今日のお昼はお味噌汁とたろさんのお刺身で「刺身定食」にしよう。

 さんざんアジを捌かせておいてなんだけど、お疲れのたろさんには休んでほしい。

 ここは1日家でまったりするしかない。


「この間はごめん。堀ちゃんが気を遣ってくれたのになんか意固地になった」

 突然、何の前触れもなくあっさりと言われた。

 ああ、はい。

 たろさんが到着される直前まではわたしも緊張していましたが、アジとそれを捌けるたろさんにすべてを持って行かれてました。

 しかも、うちの実家の分まで捌いてくれるって言うんだもん。

 母は捌けるけど、「ついでだから」って簡単に言ってくれて。

 あー、もう、どこまでですか。

 どこまで素敵男子ですか。


「いえ、わたしが偉そうに差し出がましいことを言ったので。こちらこそすみませんでした」

「まぁ最近は減ったけど確かに部長とかに連れて行かれる時あるしね。そんなトコ行くくらいなら早く帰って堀ちゃんと一緒にいる方がいいんだけど」

 ちょっと、何と答えたらいいか分からなかった。


「最近、無趣味状態だったのがそもそもの問題なんだけど、今は堀ちゃんの趣味に便乗させてもらって、すごい楽しくやってるから」

 そう言ったたろさんは本当に楽しそうだ。

 そんな調子で手は動き続けているから、魚を捌くのが楽しいのかと錯覚しそうになるけど、目が優しいから違うんだろうな、と思う。

 ああ、これって完全に自惚れだよなぁ。


「なんか、淀みないですね。やっぱり捌けるに越した事はないですよねぇ」

 魚を捌いて行く手元から目が離せない。

 苦労する割に身が無くなるというトラウマのせいで、これまで避けてきたけど、たろさんがここまで出来るんならわたしも頑張らないといけないかなぁ。

 

「苦手なら俺が担当するから大丈夫だよ?嫌いじゃないし」

 えぇえっ!

「マジですか、師匠。一生ついて行きます」

 ちょっと興奮が抑えきれなかった。

 たろさん、本当にもう、男前過ぎます!

 テンションが振り切った状態で見上げれば、たろさんは困ったような顔をしてから小さく息をついた。

 包丁をまな板の上に置いて、ちょいちょいと呼ばれる。

 何か捌くポイントでもあるのかと見に行けば、右腕で肩を抱き寄せられた。

 くっついたのは、久々な気がした。

 生魚を触った手が触れないよう、不自然な高さで手の甲の方へ反らされた手は大きくて、骨ばった「男の人の手」。

 正直そそるものがありまくりです。


「あの、堀ちゃん。ちゃんとプロポーズしたいと思ってるので、そういうフライングはちょっと困るかも」

 まぁ、もう言ったも同然か。

 わたしの頭に顎を乗せたたろさんはそう言って、もう一度ため息をついた。

 

「重ね重ね、出過ぎた真似をして申し訳ないです」

 何と答えればいいか分からず、小さく言えば笑われる。


「これこそ牽制だよね」

 たろさんはそう言ったけど、こんなに甘い牽制はないですよ。


「わたし、そういう事になるのであれば一度はケンカしときたい派なんで、まぁ結果的には良かったかと思います。あ、決してふっかけた訳じゃないですからね」

「まぁ、ケンカにもなってなかった気がするけどね」

 聞けばたろさん、わたしほどは深くは考えていなかったそうで。

「忙しすぎてメールも出来ない」くらいの感覚だったご様子。

「帰ったら話そう」に至ってはメールや電話では伝わりにくいので、会ってちゃんと色々ゆっくり話したかっただけらしい。

 はい、それでいいです。

 こっちが勝手に深刻になって悪循環に陥ってただけです。

 久々に恋する乙女状態だっただけなんです。


 黙り込んで、時間が経って、言うタイミングを逃して、気が済んだつもりになるけど心中ではくすぶってて素直になれなくて。

 相手に対する不満をぶつけようのないまま、自己完結させるという非常に不健康な事をしてきたのだけれど。

「そういうのは改めようと思います」

「うん、そうしてくれた方が助かる。黙られるのが一番キツイ。気になったり、嫌な思いしたらすぐ言っていいから。たまには年上らしいとこ見せたいし」

 頭をもたせかけて甘えれば、肩を抱く腕でより強く抱き寄せられ、頭のてっぺんに頬を乗せてくれた。

 身長差があるから少し体勢が厳しそう。

「あと1尾か。くそっ。手が使えないのがつらい。さっさと終わらせるね」

 珍しく乱暴な言葉に思わず笑ってしまう。

 最後ぐらいやると言ったら、やはり「ついでだから」と言われてしまう。

 手が使えないたろさんの代わりに腰に抱きついて、背伸びしてキスをねだった。

 甘い空気というよりも、リアルに生臭いのはご愛敬あいきょうだ。

 


 父は昔から時々思い出したように釣りに行く。

 釣果ちょうかをすべて母に処理させていた。

 母は仕方なく処理していたけど、実はものすごく嫌がっていて、父がいなくなると文句を言いながら捌いていたなぁ。

 「おかずになるんだからいいだろう」とか言うけど、釣具やらガソリン代やら考えたら買った方が断然安いからね!

 スーパーの切り身の方が手間もかからないからね!

 新鮮なのは認めるけど、そんな過程を経て食卓にならんだおかずに好意的にもなれず。

 だったのに。


 なぜこうも美味しいかな。

 新鮮だから?

 それとも恋人たろさんが捌いたから?

 刺身は飲みに行った時にあればつまむ、程度だったのに。


「堀ちゃん、今度、住宅巡りしない?」

 舌鼓を打つ勢いでお刺身をいただいていたら、たろさんから新しい提案があった。


◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆


「出張とかあるから、堀ちゃんの実家の近くで探したいと思ってるんだけど」

 堀ちゃんはずいぶんと唖然としていた。


 家の事を考えていたら、高田に「問題ないなら出来れば堀ちゃんの実家が近い方がいいよ。残業やら出張やら多いから、子供が小さいうちはどうしても実家の世話になる機会が多くなるんだよね。申し訳ない限りだけど」とアドバイスされた。

 正論だ。

 まごうことなき正論だった。

 高田にしてはめずらしくまともなことを言うので動揺したが。


 布団を買い替えるのなら、ベッドに合わせてサイズを考えた方がいいだろうと思った。

 高田のおすすめは、子供が生まれた時に3人で寝る事が出来るクイーンサイズだそうだが。

 指輪とか、式場とか、ご挨拶的な事はプロポーズした後で、と考えて、それならば家だってプロポーズしてからが筋か、とも思う。

 でも、とりあえず。

「美味しかったと喜んでいた」

 そう、帰ったらちゃんとお袋に報告するか。

 親父にはお袋から勝手に話が行くだろう。



 思いがけず「プロポーズの予告」をしてしまったが、予告だったせいか堀ちゃんにはあまり動じた様子はなかった。

 意識してぎこちなくなるよりはいい。

 だがここまで自然に流されるのもどうかと思って、試しに家の話を持ち出してみたら━━


「最近の金利、見逃せないですもんねぇ。消費税が10%に上がったとしてもその後しばらくは景気が冷え込むだろうから住宅ローンの金利も当分は上がらない気がしますし。消費税が仮に上がらなかったとしても、それは上げられるだけ景気が良くなってないと言う事だから、どっちにしろしばらく金利は上がらないと思うんですよね」

 そう唸った。


 なるほど、そう来たか。

 まさかそう返されるとは思わなかったが、ものすごく頼りになる。


「妹のとこは5年前に家建てたんですけど、今だと太陽光発電が標準装備だったり、窓やサッシのグレードが上がってたりするらしいですねぇ」

「ああ、高田もそんな事言ってた。パソコンと一緒だよね。次々良くなる」

 PCを購入してもすぐにグレードが上がり、型落ちは破格の値段になる。

 機器管理をしている同僚がぼやいていた。

 

「リノベーションに力入れる施工会社も増えましたしねぇ。タイミングとしてはすごくいいような気がしますねぇ」

 しみじみ言って、ふと何か言いかけて一度やめる。

 じっと見つめて促せば、照れたように笑った。


「もっと若い頃にたろさんと付き合ってれば、とかも思うんですけど、今だからうまく行ってるのかなぁ、と思って。今のタイミングで会えてよかったです」


 ふふ、と笑って刺身を頬張った。


 40前の男が、6つも年下の恋人にかなうはずがない。


 彼女が何をしても、何を言っても面白いと感じるし、そんな様子が可愛いと思ってしまうのだから、重症だなとは思わないでもないけれど。

 


  ~fin~




 住宅ローンの金利についてはまったくの私見です。(2016年3月現在)

 責任はとれませんのでご注意ください。



 伏線全部回収完了しました!

 書きたい事は書けたので今度こそ、これで「堀ちゃん&たろさん」のお話は完結とさせていただきます。

 あまりだらだらやると「あの時終わっていれば」なケースになる可能性もあるし、引き際が肝心かと。

 ただ、親への挨拶や結婚式などリアルな部分は書く予定はありませんが、突発でショートショート的な落としどころの無いほのぼのとした日常をやっちゃう可能性は大です。

 終わる終わる詐欺で申し訳ありません。うぅ。

 

 この物語は1坪30万前後、土地+建物で2千~2,700万の住宅が一般的な地域で、転勤などがなければ一戸建てを買っちゃう人が多い、我が地域をモデルにしています。

 堀ちゃんも薄々気付いていますが、たろさんは結構ため込んでると思います(笑)

 住宅ローンも定年までには支払い終えるプランにするでしょう。


※ご注意ください※

 これ以下は漫画の巻末に「その後登場人物達はどうなったか」おまけで文字で書かれるみたいなものです。

 小説の形態はとっておりませんので、不要な方はご注意ください。







 交際してちょうど1年の頃、たろさんが39歳の間にご結婚かと思われます。

 堀ちゃんは春生まれな気がするので、冬生まれのたろさんの誕生日あたりに入籍が濃厚。

「記念日は少ない方がいい・誕生日なら忘れない」という堀ちゃんの現実的な意見が反映される事でしょう。

 二人は結婚が遅かった分、結婚やら、住宅取得やら、出産やら先輩に事欠かないので、それはみなさん全力でサポートしたがってくれるものと思われます。

 堀ちゃんなので「婚約指輪は要らない」とか言ってひと悶着あるかも。


 新婚旅行は出張で海外にたろさんが行き倒してるので「露天風呂付客室の宿などちょっとリッチな国内旅行」になる気がします。

 ほっといてもこの二人は仲よく幸せにやっていくと思われますので、心配無用であります。


 ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。

 とても楽しかったし、色々な事が勉強になりました。



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