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会社一のイケメン王子は立派な独身貴族になりました。(平成ver.)  作者: 志野まつこ
第2章 おまけのコーナー <その後の二人>
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9、それは突然やってきた <衝撃>

 ストレス解消目的は久々だなぁ。

 最近は運動不足解消のためのジム通いだったんだけど。

 今勤めている会社は決算などは会計士に一任しているので、経理的な仕事は伝票を起票する位だし、総務的な事は社長の奥さんがやっている。

 ストレスはたろさんの会社にいた頃に比べればほとんどない。


 リズミカルな洋楽の流れる倉庫の中、集まったメンバーと軽く会話しながらバンテージを巻く。

 これもたろさんに巻いてもらったんだよなぁ。


 柔軟をして道路で縄跳び(ロープ)

 ジムは会長の知り合いの倉庫を使わせてもらっているので、広さはさほどない。

 なので、縄跳びは道路で行う。

 たいてい女の子が3人くらいで、会話をしながらゆるい雰囲気で平日の夜8時に道路で縄跳び。

 この光景にもすっかり慣れたなぁ。

 男性陣は縄跳び無しで、中でがっちり練習する。


 体が温まったところで壁一面に貼られた鏡の前でシャドーボクシングをして、サンドバッグが空いたタイミングで使わせてもらう。

 イライラしている状態で力任せに殴ると手に負担がかかるのは、始めた当初身を持って体験した。

 その頃、サンドバッグを打つ時、いまひとつスピードに乗らなくて「嫌な上司を思い出して」と言われた事がある。

 アドバイスに従った結果、きれいに決まった。


 こっちは気を遣って言ってるのに。

 牽制って。

 わたしが「行くな」って言ってるって取ったって事?

 仕事上の付き合いに文句を言うような女だと思われるのは、非常に不本意なんだけど。


 欝々としたものを思い出し、少し苛々しながらも、基本はしっかり意識して体を動かす。

 腕に頼らず、腰のひねりを使って打つ。

 戻す拳も引きつけるように早く。



 ああ、でも前に空港の駐車場を借りてくれるってたろさんに「経理の女の子と普段の業務以上の交流は複雑だ」的な事を言ってるんだよね。

 ああもう、ブレまくり。

 でも上司の誘いでお店に行くのだってある意味ビジネス、お店のお姉さんだってビジネスでしょ。

 気にならないのは本音なんだけど。

 まぁ、男の人はビジネスとかは思いたくないか。

 どんなお店だったか聞きたいくらいなんだけどなぁ。


 ━━わたし、おかしいのかな。


「堀ちゃん、ミットしよっか」

 黙々とサンドバックを打っていると、リングの上に立つ会長に声を掛けてもらった。


「お願いします」

 40代後半の「会長」と呼ばれるハナさんは、笑うと目じりに皺が寄る可愛い人だ。

 ジムに来る子はやんちゃな感じの、一歩間違えばヤンキーちっくな若い男の子も多い。

 そんな子達にも気さくに声をかける会長は、彼等に理解を示す事で非行に走るのを防いでいるようにさえ思う。

 会長も若い頃はかなり壮絶にやんちゃだったそうで。


 両手にミットをつけたハナさんと、二人でリングで向かい合う。

「ワン、ワン・ツーで」

 軽くミットとグローブを合わせて動きを確認してから構える。

 何回か同じ動きを、スピードを上げながらこなす。

 ワンはジャブ、ツーでストレート。


「ワン・ワン・ツーからのアッパー・フックで」

「はいっ」

 

 少しずつ組み合わせ(コンビネーション)を増やしていく。

 あー、楽しいっ!

 めちゃくちゃ楽しいです、会長!

 いつもありがとうございます!

 ミット打ちが一番楽しいです!


「堀ちゃん、今日はすごい気合入ってるねぇ。ストレスたまってるの?」


 ミット打ちが終われば、会長に笑われた。

「ちょっと精神統一的な?」

 その通りだったけど、笑ってごまかしておく。


 よーっし、運動したところで、たろさんにメールするか!

「こっちは気を遣って言ってるのに」とか。

 そんなのはわたしの勝手で、恩着せがましいことこの上ない。

 それなのにまた、沈黙バトルをしてしまった。

 口を開けばきつい言葉が出そうで。

 どういえばちゃんと伝わるのか色々考えて、考えている間に時間が経って沈黙が続いて、空気がどんどん悪くなるいつものパターン。

 今まで、数少ない交際経験ではあるけど、意見の衝突となるといつもそうだったんだよねぇ。


『昨日は差し出がましい事を言ってすみませんでした』

 送信した。

 実は、たろさんと1回くらいはケンカしとかないとな、とは思ってた。

 この年でお付き合いを始めた訳だから、言いはしないけど将来的に結婚という可能性もあるわけで、それならばケンカのスタイルとか、仲直りの仕方を確認しておくべきだというのが、わたしの持論。

 たろさんの場合無いと信じて疑わないけど、手を出すような人間だったり、仲直りまで以上に日数がかかるような相性だったら何らかの対策を取る必要性も出てくるわけで。


 結婚を焦らせるみたいで嫌なので、絶対に言いはしないけど。

 20代後半、「1年以内に結婚しないなら別れるって言ってやった」とか「結婚しないんなら別れようかな」という声が身の回りでチラホラ聞かれた時期があった。

 それって、相手に「結婚してやった感」を与えちゃわない? と感じたせいもあって、こちらから「結婚」という単語を発するのはちょっと、と思うようになった。


 まぁ、そんな相手はいなかったわけだけど。

 だから、この間結婚式の話題が出た時は妙に居心地が悪かった。


 もし「明日から出張」とか言われたらしばらくこの状態のままか、と思うと……たろさん相手の意見の衝突は一両日以内に和解するのが望ましいという結果にたどり着く。


 気を遣ってほしくなかっただけなんだけど。

 自分の時間も大切にしてほしいのだと。


 すぐ素直に言えればよかったのに。


 まだ、間に合うかな。

 ふとそんな不安がよぎった。


『ごめん、明日から出張入った。帰ったら話そう』


 ……うわぁ。

 まさか、このタイミングで来たか。

 一両日中でも遅いのか。

 びっくりだわー


 って━━

 帰ったら、話す?

 あれ? なんかこれは。

 簡単に仲直りできる話ではなくなってしまった感が━━しないでもない?


 えーと。

「ごめん、やっぱ無理」的な話になるんだろうか。

 ああ、うん、どんなに素を見せても優しく笑って受け入れてくれるたろさんに、安心して、調子に乗ってたかもしれない。

 ああ、そうなのかな。

 これは━━思ってたよりもきついな。


 その週のたろさんは、出張とその後は深夜残業続きでほとんど連絡を取れなかった。

 連絡するのが少し怖くて、たろさんが忙しいのを口実に連絡しなかった。

 たろさんに買ってもらったお茶椀でご飯を食べるたびに、そんな煮え切らない自分が嫌でもやもやした。

 お気に入りの、大切なお茶碗なのに。


 だから日曜日、出張から戻ったたろさんに開口一番「ごめん」と言われた時は、正直とてもとても━━つらかった。



◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆


「ごめん。堀ちゃん」


 堀ちゃんは俺が何を言っているか理解すると同時に愕然とし、次にそれはそれは悲壮な顔をした。


 いつも朗らかな、それこそ春の日だまりのような堀ちゃんだ。

 これまでそんなつらそうな表情は見た事もなくて、動揺した。

 本当に申し訳なく思う。

 こんな事になるなんて、思ってもなかった。


 機械トラブルで急きょ現地から呼びつけられた。

 問題は現地では対応しきれず、結局持ち帰りになったので出張自体は1泊2日で済んだけれど、持ち帰った問題案件と、席を空けた間に本来担当していた機械の納期が迫っていて、その週は本当に忙しかった。

 久々に日付が変わるような残業が続いた。

 深夜残業の許可申請書を連日提出しに行けば、上司は何か言いたげに判をくれた。

 高田からは「そんな顔して残業申請すればねぇ」と言われた。

 どんな顔だと言うのか。

 仕事は仕事だ。

 不満顔をしているつもりはなかったのだが。

 結局、堀ちゃんのアパートを尋ねる事が出来たのは日曜になってしまった。


 まず何から、どう言えばいいのか。

 気が重かった。

 そして、玄関に流れるこの沈痛な空気。


「一応習ったし、やった事はあるんですけど……わたしがやると、すごい時間かかるし、見た目がかなり悲惨な事になっちゃうんですよね」

 お袋に持たされた、レジ袋いっぱいのアジを見て堀ちゃんは申し訳なさそうに、悲しそうに言ったのだった。


 近所の人に大量にもらったからと、出掛けに無理矢理持たされた。

「魚をさばける男は見直されるわよ。やっといて良かったわねぇ」と勝ち誇ったように言われて。

 ああ、やっぱり堀ちゃんの存在には気付いていたか。

 隠すつもりは一切無かったが、改まって言う事にも気後れして言っていなかったのだが。

 言って恥ずかしい相手じゃない。

 むしろ自慢の彼女なのだから、ちゃんと宣言しておけばよかったのだろうが、要は気恥ずかしい気がしただけ。

 この年で。

 子供じゃあるまいし、とは思うのだけど。


「一人暮らしよね? あんまり多いと困っちゃうだろうし」

 出張とは明らかに違う装備で週末に外泊してるしな。

 一人暮らしまでお見通しか。

 そして、そんなに俺に捌かせる気か、とは思ったけれど。

「どれだけもらったんだよ。彼女の実家も近いから、困ってるなら持ってく」

 お袋は一瞬目を見張ったが、次に笑んだ。

 うわ、嫌な笑い方だな。その顔やめてくれ。

 ああ、はいはい。

 彼女の実家にも行きました。満足ですか。

「あ、まだ挨拶に行ったとかじゃないから」

 そこまで期待して盛り上げさせてしまうと、こちらの精神衛生上も良くない気がする。

 聞かれてもいないが宣言しておいた。

 


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