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3、第1回 無礼講ですよ <中>

「相変わらずお忙しいですか?」

 退職した会社は、残業代を出さなかったらブラック企業一直線の超多忙企業だ。

 県下でもちょっとは知られた有名機械メーカーである。

 このご時世にすごいよ、ほんと。

 わたしがいた頃、国内だけではなくアジア圏にも出荷するようになり、海外出張が激増した。

 出張に行けば一か月はザラ、ビザが必要な国は切れるや否や一時出国してまた入国。

 残業も休日出勤も多くて労働基準局に目をつけられていた時期もあったはず。


 男性は事務以外は理系ばかりで、みなさんとにかく真面目で奥手。

 出会う時間もないんだから、晩婚化がどんどん進んでいるとは今も現役で勤務されているお姉さまからの情報。

 20代は先輩方を見て学んでいるからかそれなりに結婚するが、30代以上になると難しいらしい。

 もったいない。

 いい人たちばかりなのに本当にもったいない。

 人としてヤバいくらい働かされるが、意外と退職者が少ないのは素敵な人が多いから。

 同期や後輩の男の子も「退職願望あるんだけど、みんな人はいいんだよなぁ」と口をそろえて言っていたくらいだ。

 社長はじめ、上司にも恵まれているのが実感できてしまうだけに辞めづらいという、ある意味、魔窟。


「まぁ相変わらずかな」

「相変わらず海外に1ヵ月やら2か月やら行ってるって事ですか?」

 思わず言ってから、38ならリーダーさんとかかな、と思った。

 もしかしたら出世して出張には行かない身分になってるかも?

 失礼だったかな。

「そういうのは若い連中が行ってるよ。俺はホントに手が足りない時に駆り出されるくらい」

 たろさんも苦笑した。

「よく覚えてるね」

「誰が出張費準備してたと思ってるんですか」

 二人して笑った。

 あ、いいな、今の。

「まぁ、退職して他の会社に行くとですね、色々と学ぶわけですよ。ストレスでひどい事になったりはしたけど、いい会社だったかなって。喉元過ぎれば、ってやつなんでしょうけどねぇ」


 18から6年間務めた会社だ。

 ぽっちゃり体型だったわたしが入社して2年で9キロ痩せた。

 赤ちゃん3人分、と笑っていたから間違いない。

 今思うとどんだけ太ってたんだ自分。

 福利厚生がしっかりした会社だったので毎年綿密な健康診断が実施されていたけど、その時来てくれていたお医者さんが「この会社の人は年々痩せて行くねぇ」と言った時は絶句した。

 どんだけだよ、あの会社!


 経理事務なのになぜか出張手配に忙殺され、経理の仕事は終業後、残業して行っていた。

 4か国の出張手配が重なった時は「なんてグローバル! わたし経理なんですけどっ」と泣きそうだった。

 いや実際、泣いた事もある。

 それはそれでまた別件だけど、でもそれは今の世の中わたしに限った話ではない。

 だから、今思えば、すべていい経験だったと言えちゃうんだよね。

 上司には大事にしてもらえたし、収入で言えば断然機械メーカーの方がいいし、産休だって取れる。

 そう、そういう所はしっかりしていた。

 ただそれでも、「もうあそこの会社はいいわぁ」と思ってしまうのだ。


「今何やってるの?」

「小さい会社の事務ですよ。給料は安いですけど残業はほとんどありません。ボーナスもまぁちょっとは出ます」

 たろさんが今も務めているという機械メーカーは、拘束時間が長い分ボーナスはきっちり出す所だった。

 社長は2代目だったが、ちゃんと他社に入社して下積み時代を経て父親の会社に入社したのが素晴らしい。

 会長、あなたは本当に偉大です。


 どこにも勤めずいきなり親の会社を継いで公私混同も甚だしい社長もいた。

 そんな会社にうっかり入社し、4か月で辞めた経験がある私は声を大にして言いたい。

 仕入先に代金を支払わず、支払日に催促の電話鳴りまくり、「社長が不在ですので申し伝えます」と片っ端から対応し、それなのに払わないって・・・

 辞めて正解ですよね? わたし根性なしじゃないですよね?

 ちなみにその会社は当時にしてはそこそこの条件でありながら、ハローワークの求人票に延々載っていた。

 あの時はまた一つ学んだと思った。


「高田兄さんとか、水口さんとか、秋田さんとかもお元気ですか?わたし同期なんですよ」

「秋田さんはだいぶ前に辞めたけど、他はいるよ。お父さんやってる」

「二人とも二人お子さん出来たってところまでは聞きました。お子さん大きくなったんだろうなぁ。小学生とかですかねぇ」

 あぁ、恐ろしい。


 高田兄さんとは同期入社だが色々あったそうで大学に6年間通われたとの事だった。

 先に入社していたたろさんとは同じ高校出身で、会社で再会した二人は仲が良かった。


 にっくき佐々木 太郎! だったわたしが「たろさん」呼びになったのは同期の高田兄さんがいたからだ。


 高田兄さんのご希望で合コンを開催したが、思えばなぜわたしはあの頃このイケメン王子参加の合コンを2回も開催したのだろう。


 第1回会合は友達に保育士さんがいて、その職場の保母さんのおきれいなお姉さま方と開催。

 第2回は高校の同級生メンバーを集めて。

 顔がいいだけの不愛想な男だと思っていたが、飲みの席では普通に話す人だった。


 第1回会合で男性側幹事の高田兄さんが急きょ欠席になり、たろさんが引き継いだ。

 たろさんはちゃんと幹事をこなしてくれたし、今はどうだか知らないけど女性もそれなりに出すという風潮の中、「え、女の子そんなに出すの? いいよそんなに出さなくても」と言って女性の負担がかなり少なくなるよう配慮してくれた。

 あれはすっごい見直した!

 今思えば単に合コン慣れしていたのだろうな、とも思うけど。


 ただあの時の王子の放った一言は今でも忘れられない。


「たろさん、不躾ですが無礼講で聞いていいですか?」

「結婚とか?」

「すんません」

 察しの良さにへらっと笑ってしまった。

 その通りです。

 よく聞かれてるでしょうね。

 でもわたしがブーケ持ってるって時点でこっちの身分もご存知ですよね。

 すらりとした骨ばった手に指輪はないようですが、聞きますとも。


 たろさんはこれまた慣れた感じで小さく笑いながら答えてくれた。

「1回もしてないよ」


 でしょうね。

 1回も、という先を読んだ配慮がなんとも言えません。


「ナースやら、保母さんとばっかり合コンしてたからですか?」


 一瞬固まるたろさん。

 二重の目が大きく見開かれていた。

「え・・・? なに? どういう事?」

 わたしは思わず笑ってしまった。

「たろさんが自分で言ったんですよ。わたしが保母さん達との合コンセッティングした時『看護婦さんとか保母さんって多いんだよね』って」

「俺、そんな事言ったの?」

「いやぁ、あれは衝撃的過ぎて忘れられません。勝ち組怖いわー」

 わたしは梅酒のカクテルを一口いただいた。




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