8、それは突然やってきた <衝突>
すみません、都合により今回だけは「平和にのほほん」のテーマが揺らぎます。
今回だけです。
ご了承ください。
そう言えばたろさんは「一人街飲み」が趣味だったのではないだろうか。
3回目の家飲みになってようやく気付いた。
本人からそう聞いたわけではないけど、気付いてしまうととても気になってしまう。
「街飲みとか、最近行かれてないですよね?」
「あれは暇つぶしだったしね」
うーん、気を遣ってもらってるのかなぁ。
「行ってもらって大丈夫ですからね? ちなみに言っておきますと、きれいなお姉さんのいるお店も、つきあいで行く分には全く気になりませんので」
たろさんは少し目を見張った。
「え、だってみなさん二次会とか行ってたじゃないですか。わたしも女の子OKのお店に連れて行ってもらった事ありますよ」
「え、それは、ちょっとひくかも。誰がそんなトコ連れてったの」
本当に少し引いた顔で聞かれたけども。
それは秘密です。
某部署の皆さんです。
「経理にいてもよく接待でスナックの領収書の精算してましたし。あ、最近は不景気だから接待とか、もしかして減ってるんですかね」
プライベートで行くような時は「女の子が一見シャツ1枚」、みたいな店とかあるって聞いた事ありますよ。
ん?それはキャバクラ、というやつになるのかな。
あ、わたし猥談OK女子社員でしたから。
それはもう、心の奥底から楽しんでトーク可能ですから。
むしろ率先して食いついてましたから。
「いや、俺はそういう店はちょっと苦手。何話していいか分かんないし」
「そうなんですか? その辺は女の子がどうとでもしてくれるのかと思ってました。たろさんモテそうだし」
ふと、たろさんが面白くなさそうな顔をした。
なつかしっ!
会社にいた頃いつもそんなクールな顔してましたよね!
━━って、違う!!
なんか、ちょっと。
怒ってらっしゃる?
ああ、確かに気に障るような事だったかもしれない。
「なんか━━━牽制してる?」
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あ━━
堀ちゃんの纏う空気が変わった。
すっ、と冷えた。
表情が一切消え去った顔で、堀ちゃんは黙ってご飯を口に運ぶ。
その時、この間新調したお気に入りの茶わんに気付いた瞳に複雑そうな色が滲んだ。
その日はいつものように玄関まで見送りに出てくれたが、いつも別れ際にするキスはなかった。
ドアを出て離れれば背後から無機質な鍵のかかる音がする。
それはいつもはしない音だった。
これまでは音がしないように気をつけてくれていたのかもしれない。
その音は、不愉快に感じるほど耳に残った。
翌日、休憩所でいつも通り紙コップのコーヒー片手に午前中の休憩を取っていたら高田に不思議そうな顔をされる。
「どしたの」
言われて何が、と視線で問う。
「月曜なのになんか景気悪そうな顔してる。最近いつも月曜は機嫌よさそうだったのに」
なんだそれ。
「月曜なんて誰でもだるいだろ」
「昨日、堀ちゃんと何かあったんだ?」
高田はにやにやと笑った。
「いいねぇ。ピュアだねぇ」
「たろちゃん、ピュアなの?」
高田と同じ部署の明子さんも背後から加勢するように顔を出した。
分が悪いことこの上ない。
「で? 堀ちゃんとケンカしたって?」
ニヤニヤ顔の明子姉さんだけど、目はあまり笑っていなかった。
彼女とはこれまで仕事上でしか会話をする事はなかったはずだが、堀ちゃんを可愛がっているうちの一人なワケで。
言わないと……いけないのか。
困惑したが、聞いてもらいたい気もして要点だけ話してしまった。
堀ちゃんと明子姉さんは今も繋がっているから、フェアじゃない気がしたけど。
「女の子のいる店に行ってケンカになるなら分かるけど、どうして『行っていい』って言われてケンカになるんだろうねぇ」
高田の声は笑いを含みつつも呆れていた。
耳が痛い。
そもそも、ケンカをしたわけでは、たぶんない。
そういう風に見られていたのかと思って、少しショックだっただけだ。
堀ちゃんは俺が手慣れていると思っている節がある。
それは分かっていたけど、ここ数か月一緒にいてその辺の誤解は解けている物と勝手に思っていた。
だから、配慮に欠けた返しをしてしまって泥沼化した。
「まぁ、分からないでもないけど」
高田は少し同情するような視線を送ってくる。
そう言われて、少しだけ安心してしまう。
「そろそろ新入社員歓迎会だから堀ちゃんも気、遣ったのかもね」
高田は言った。
あぁ、確かにそんな時期か。
うちの新入社員歓迎会は全社員300名越えでホテルで行う。
それが終われば各自2次会に繰り出し、気のいい上司にスナックに連れて行かれる事もある。
俺なんかはたいてい高田や後輩と飲みに行くけど、堀ちゃんはあの頃どうしていたのだろう。
頻繁に飲み会が開催される2課に連行されるか、新人担当のシゲさんと新入社員を連れて二次会か━━そう言えば一度も一緒になった事はない。
彼女もこっちがどう過ごすかなんて知らないのか。
「たろちゃんはそういう店ホントに行かないから、そんな事言われたのは気の毒だとは思うけどね」
さすが愛妻家。
同性としても絶妙なフォローだ。
だが、この場所でこのメンバー。
ここでそんなフォローをしてもらってもあまり意味がない気がする。
「堀ちゃんは昔からシビアで大人だからねぇ。上司の誘いとかならそりゃ行って当然、くらいには割り切れちゃうんでしょうよ。男の人にしてみたらつまんないかもしれないけど」
明子姉さんのそれは、恐ろしく核心をついた言葉だった。
さすが、人生の先輩は違う。
しかも既婚者で女性の意見。
本当にありがたい。
ついでに高田が畳みかけてくる。
「たろちゃんの方が年上だけど、女の人の方がよっぽど大人だからね。しかも相手は一番年下だったのに同期をまとめちゃうような堀ちゃんだよ? 新入社員研修とかすごかったし。シゲさんにも年齢、誤魔化して入社しただろってからかわれてたくらいだったし」
うちの新入社員研修は主に社会人としての心得・マナー・チームプレーに重きを置いている。
確かにそういうのには堀ちゃん頼りになりそうだもんな。
「今日は会いに行かないの? 堀ちゃんち近いんでしょ?」
高田にニヤニヤ顔で尋ねられる。
人のこういうネタってお前大好きだもんな。
「今日はたぶんジム」
なんとなく、そんな気がする。
ストレスの発散をしに行くんじゃないかと。
「堀ちゃんジム行ってるんだ」
高田はのんきに言ったが、明子姉さんは気の毒そうな、困ったような、なんとも形容しがたい表情をしていた。
短編「年上がいいんだってば。」にて「あれ?この年上のお姉さんに壁ドンで迫ってる男の子、堀川家の末っ子長男?」なお話を書きました。
名前はあえて出していませんので、お好みで受け取っていただけたらと思います。
これ以下はおまけで明子姉さん視点です。
本編に入れると区切りが悪くなるのでこちらに入れさせていただきました。やや長めです。
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朝から負のオーラを纏ったたろちゃんは、案の定堀ちゃんとひと悶着あったようで。
分かりやすいなぁ。
もういい年なのに、たろちゃんもまだまだ若いね。
まあ付き合い始めたばっかりだから仕方ないか。
堀ちゃんはたろちゃんと付き合い始めた時、連絡をくれた。
私が他からの噂で知って複雑な思いをしないよう気を遣ってくれたらしい。
相変わらず出来た子だ。
まさかここに来てたろちゃんとくっつくとは思わなかったけど、そう言われてみたら二人は案外合ってるのかも?
今夜はジム。
うん、もし堀ちゃんがストレス溜まってたら行くだろうな。
堀ちゃん、意外と言わずにため込むところあるからな。
ていうか、たろちゃんはジムに行った事あるのかねぇ。
わたし、堀ちゃんが退職する前に体験で1回一緒に行った事あるんだけど、当然男の人の方が割合が多いんだよね。
しかもみんな練習が終わったら筋肉自慢なのか、なぜか男の子達が脱ぎだしちゃうんだよね。
でもってそんな自身のある子達だから当然、腹筋とか割れてるわけで。
堀ちゃんに許可を得た訳ではないから、たろちゃんには言わないけど。
何年もそんな筋肉天国にいて、ジムでは誰ともどうにもならなかった堀ちゃん。
だから、たろちゃんが女の子のいるお店に行くのも許すんだろうな。
自分が他の男に目移りしないから、他の男になびく可能性がこれっぽっちもないから、疑いもしないんだろうな。
たろちゃん信用されてるなー
愛されまくりじゃんか。
堀ちゃんは退職しちゃってるけど、限りなく社内恋愛に近いとわたしは勝手に思ってる。
社内恋愛の恐ろしい所は、情報伝達のスピードと正確性。
もしたろちゃんが何か悪さをしたら、その時は大変だと思うぞ。
堀ちゃんのファンはまだ社内に多い。
社内ではとっつきにくいキャラと見られる事が多いたろちゃんは、分が悪いだろうな。
でもまぁ、今までたろちゃんにそんな噂を聞いた事はないんだよね。
たろちゃんと一番仲良しな高田君も言ってたし。
あの堀ちゃんが選んだ、たろちゃんで。
あの堀ちゃんを選んだ、たろちゃんなんだから、心配なんて要らないんだろうけど。
「どうせ堀ちゃんが何やったって可愛くて仕方ないんでしょ」
言えばたろちゃんは目をそらした。
おや、普段クールな感じだけど意外とかわいいとこあるんだ。
あー、久々に堀ちゃんと女子会するか。
ちなみにたろちゃん、休憩所みんないるからね。
結構まわりの話って聞こえたりするもんだからね。
今日はみんな内心ニヤニヤでお仕事になりそうだよ。




