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21、5週目 日曜日 <日曜日になりました>

「うん、男の嗜みとして一応常備してます。ごめん、気付かなくて」


 本当に、自分を情けなく思う。

 こんな心配を女の子にさせて、しかもあろう事か言わせてしまうとは。


 おまけに付き合って間もない状態であるにもかかわらず、常備してるとか勢いで告白してしまった。

 出張中、コンビニに行った時ふと目について「ああ、要るな」とついで買いした。

 家にはあったがもう古いので使う気にはならず、「そのうち」と考えての購入だったけど。

 さすがに不安になって尋ねた。


「━━ひいた?」


「いえそんな事はない、です。えと、お気遣い? ご、ご準備? 感謝します、みたいな?」

 堀ちゃんは少し笑ってくれたけど、相当緊張していたはずだ。

 それなのに、空気を和らげようとしてくれているのが分かって、ますます申し訳なく思った。


「ほんとごめん。女の子にこんな事言わせて」

「こちらこそ、すみません。たろさんがそういうのちゃんとしてくれる人だって分かって、嬉しいというか、安心しました」

 堀ちゃんの声はどんどん小さくなって行く。


「たろさんこそ、ひきませんでした?」

 吹っ切るように、努めて明るく言おうとしていたが分かった。

 あぁ、もう堀ちゃん。

 そんなに恐縮しないでいいから。

 運転中でなければ抱きしめて安心させてあげたいのに。


「そういうちゃんとしてるとこも、すごいいいなと思う」

 頭に手を乗せれば「ど、ども」と小さな声で頷いた。



 大したものではないから部品は車に載せたままにしようとしたら、「万が一の事があるといけないから」と堀ちゃんが真剣な顔で言うので部屋に上げた。

「ニュースとかで車上荒らしで個人情報の入ったパソコン盗まれたとか、手形取られたとかあるじゃないですか」

 あぁ、さすが事務職の子は違うなぁ。

 それとも堀ちゃんだからなのか。


「もし何かあったらたろさんの責任とか、大変なことになっちゃいますし」

 心配されたのが嬉しくて、玄関のカギを後ろ手で締めながら堀ちゃんの額にキスした。


 額にキスしたら、それだけでは足りなくて抱きしめて口づける。

 堀ちゃんも背中に腕を回してくれた。

 それがまた嬉しくて、胸が熱くなる気がした。

 あー、やっとだなぁ。

 こうしてちゃんと彼女を抱きしめるまで随分長かった気がする。


 小さい堀ちゃんが腕を回すと腕の高さがバラバラだった。

 木にしがみついたコアラみたいで可愛い。


 車ではああ言ったものの、抱き合った瞬間そのままなし崩しで彼女を求めたい衝動に駆られる。


「とりあえず上がりましょう。お風呂沸かします」


 堀ちゃんは簡単に流されてはくれなかった。


 流れでこんな状況になったけど、もう少し先でも良かったというのは本音だ。

 この年でがっついてるとは思われたくないし、余裕を見せたかったというのもあった。


 まぁ堀ちゃんが一人暮らしなので遅かれ早かれ、か。

 現に堀ちゃんに逃げられて非常に残念だと思ってしまっているのだから。



◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆



 「お風呂沸かす」なんて直接的だった気もする。

 また耳が熱くなった。


 いや、それを言うなら「ちゃんとしてくれる人」ってのも痛い。

 痛すぎる。


 わたしが言いたかったのは「ちゃんと考えてくれる」的な意味で、「ちゃんと使用してくれる」と言う意味ではなかったんだけど、どう受け止められたのか。

 はじめから「ちゃんと考えてくれる」って言えばよかったのに、やらかした。

 深く考えず、受け流してくれている事を願うばかりだ。


 シャワーでいいと言うたろさんに、「わたしはお風呂派なんです、お湯がもったいないからたろさんも入ってください」と無理やり湯舟に浸かるよう約束してもらう。

 ホテル暮らしだとゆっくり湯船につかるなんて出来ないだろうし。

 単身者向けアパートの小さいバスタブだからあんまりくつろげないだろうけど、トイレは別だし、シャワーよりは断然マシだと思う。

 出張帰りで着替えなどはあるとの事なので、タオルだけ用意する。

 新しいタオル、洗っといてよかった。



 ちゃんと湯船に浸かったらしい。

 うっすら上気した頬と、濡れた髪がなんとも……色っぽいです。

 おかしいな、たろさん年齢詐称してませんか。

 どう見たって四十路前には見えません。

 わたしなんて足下にも及びませんよ。

 普段はきれい目ファッションのたろさんのスウェット姿もまた新鮮すぎる。

 このギャップ。

 これはもう、ときめかないわけがない。

 出張先にはスウェット持参なんだ。

 出張に何を持って行くかなんてあの頃は全く気にしていなかった。

 もっと興味を持っておけば面白かったかもなぁ。


 切れ長くっきり二重のたろさんが、今日はなんともうつろというか、半分瞼が下がってるというか……かわいい。

「歯磨き、しといた方がいいですよ」

 そのまま寝ちゃいそうな勢いなんだもん。


「……堀ちゃんが会社で『かあさん』って呼ばれてた意味が分かった気がする」

「はいはい、お風呂入ってる間、転がっててください」

 そう言えばこの間ケーキを食べた時はたろさんが「お父さん」だったな。


 お風呂へは、やわらかな抱擁と唇への軽いキスで送り出された。



 まったく急がず二番風呂を上がれば、自分のベッドにスリーピングビューティー。

 なんという非現実的な光景。


 物音を立てないよう注意しながら、そっと近づいてみる。

 目を閉じていると親しみやすさが増すなぁ。

 普段のたろさんはお綺麗で、いまだに少し緊張してしまうから。


 好きな男性の寝顔ってどうしてこうも愛おしくなるんだろう。


 掛け布団の上で寝てしまっているので、苦労して布団を引っ張りだして掛けた。

 それでも起きないのだから、寝るのが正解だよ、たろさん。


 したくない、わけではなく。

 それより今は寝てほしい。

 こういうのが『かあさん』と呼ばれた所以ゆえんなのかもしれない。


 たろさんは「意思を尊重する」と言ってくれたけど、たろさんなら抵抗はない。

 うん、我ながら驚くほどに。


 何より━━そんな事言ってたらまた出張が入って延び延びになる可能性もありますよ、と思ってしまった。

 あり得る話だ。

 大いにあり得る話なのだ。

 あまりに冷静な自分が女らしさを欠如しているようで、言わないけど。


 ふすまを閉めて、ドライヤーで髪を乾かした。




「えと、おはようございます」

 シングルの布団なのでごく至近距離での目覚めになった。

 さすがにこれは緊張する。

 たろさんはなにやら恨めしそうな、情けないような、なんとも複雑な顔をしていた。


「初お泊りなのに寝落ちした彼氏を放置した堀ちゃんが可愛さ余って憎さ百倍」


「彼氏だから寝かせてあげたかったんですよ。まさか朝まで熟睡するとは思ってませんでしたけど。もしかして寝たら朝まで起きないタイプですか?」


 ベッドに入った時、一応寝顔にキスはした。

 と言ってもほっぺだけど。

 それからドキドキしながら布団に入った。

 しばらく様子をうかがって、反応が無いのでくっついて、腕を乗せて抱きしめてみた。


 が、まったく起きなかったので、これは爆睡だな、そう確信すると同時に完全に気が抜けた。

 その後、我ながら驚くほど簡単に寝付いた。


 わたしも究極の選択を迫られたりして疲れていたのかもしれない。


「飛行機で寝なかったのが敗因かなぁ」

 たろさんは己の不甲斐なさを嘆くかのように「はー」とため息をついた。


「お疲れさまでした」

 布団から手を出して軽く頭をなでる。

 いつもしてもらってるように。


 たろさんが少し拗ねているのが分かって、少しだけひげが伸びた顎に口づけた。

 なんだか気恥ずかしくて、じゃれつくように、軽く食むように。


 目を見て、照れ笑いしたら、それがスイッチだったらしい━━━


 そのままするりと抱き締められた。

 性急でもなく、本当に自然に。

 軽く触れるだけのキスの後、たろさんは少し顔を離すと何とも言えない優しい表情で笑った。

 あまりの甘さに、いたたまれずつい視線を外すと今度はおでこ、頬骨のあたりにキスされて、その後の唇へのキスはすぐに深いものになった。



 たろさんは、とても丁寧で、とても優しかった。



 とだけ言っておきたいところだけど━━━



 たろさんも言ってたけど、それとは少し違う意味で聞いた事がある。

「三十代後半位になると抑えられる。自分の快楽より相手を優先」的な事を言ったのはあの会社の猥談仲間の男の先輩だったと思う。


 はい、そりゃもう。

 いやはや、もうしっかり満足させていただきました、みたいな。

 出張明けのお疲れの所、そんなに尽くしていただいて、大変心苦しい物があります。


 そしてまさかの着痩せするタイプであらせられましたか。

 二の腕の「薄い、けれどしっかりとついた筋肉」がツボでした。


 そのまま服も着ずに腕枕とともに抱きしめてくれて、たろさんは眠りについた。

 自分の傍で安らかに眠ってもらえるのは嬉しい。

 穏やかで、優しい時間だった。


 今日はのんびりしよう。


 たろさんの腕の中にいられる幸せをかみしめながら、わたしもまどろんだ。



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