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19/32

19、5週目 土曜日 <空港にてお迎え>

 

 大きい荷物だった為か、出てきたのはかなり後になってからだった。

 ロビーに出ると、松下達と楽しそうに話している堀ちゃんを見つけた。



「お待たせ」と声を掛ければ後輩二人は首を傾げるような態度を見せる。

 なにを妙に可愛い仕草をするんだ。

 お前らに言ったんじゃないのは分かるだろうが。


「お疲れ様デス」

 ぎこちなく言った堀ちゃんを、松下がすごい勢いで振り返る。

 首の筋、痛めるぞと言いたくなるくらいの勢いだった。


「え、そうなんスか、堀川さん」

 松下が驚愕の顔で堀ちゃんに尋ねる。

 なんで俺に聞かないんだ、松下。

 ふと堀ちゃんが無自覚年下キラーだった事を思い出す。


「あぁ、うん、まぁ、何と言うか、最近そういう事になった、みたいな?」

 堀ちゃんはこちらを気にしながら、しどろもどろに答えた。

 不必要なまでに困り果てていた。


「じゃ、お疲れさん」

 もうお前ら帰れ。

 言外に促せば、松下がはっとした表情を浮かべる。

「あ、はい、お疲れさまでした。あっ、部品、すみませんがお願いします」

 松下は若手に顎をしゃくって合図をすると会釈をして踵を返した。

 空気を読める奴で良かった。

 堀ちゃんは二人に「お疲れさまだったねぇ。気をつけてね」と笑顔で手を振った。



「すみません、何も考えずにゲート前で待っちゃいました。みんなに知られたくなかったんですね。後で松くんにメールしときましょうか?」

 堀ちゃん、松下のメアド知ってたりするのか。

 しかも「松くん」と来たか。

 さすが年下キラー。


 出張費の申請と受け取りは新人の仕事だ。

 経理から戻った新人は皆心なしか嬉しそうだった。

 出張続きで会社が嫌になる可能性がある若手に、出発前は励まし、帰れば労いの一言があったらしい。 

 さっきみたいなやつか。


 あの頃は今より少し髪は短かった。

 肩の長さの自然な明るさのストレートヘアを前下がりにカットした堀ちゃんは、新入社員には「きれいな経理のお姉さん」と見られていた。

 そう言えば、会社の飲み会で若手に異性関係の話を話を振れば「経理に行くの緊張します。堀川さん、憧れっすね」という奴も少なくなかったな。


 若手の言うのはあくまでも「憧れ」ではあったけど━━あの頃はそう聞いても大した感想は持たなかった。

 他の年長者が「お、お前年上狙いか」なんてからかうのを見ながら、「それなら次から経理への雑用は任せればいいか」なんて思った程度だ。

 あの頃はこんな風に後輩と楽しそうに話す姿を見て複雑になるなんて、思いもしなかった。



◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆



 たろさんはわたしの頭にぽんと手を置いた。

「お迎えありがとう。知られたくなかったんじゃなくて、あいつらと仲よさそうにしてるの見てちょっと複雑だっただけ。堀ちゃん、俺にはずっと敬語だよね」


 あ、そこでしたか。


「わたしそのへんフランクになれないんですよ。年上にタメ口はどうも無理ですね」

「まぁそいうとこ堀ちゃんらしくていいんだけどね」

 そう言ってもらえると助かります。

 敬語やめろとか言われるのは正直きつい。


「ちょっと遠いトコ停めちゃいました。車取って来ましょうか?」

 車は空港の有料駐車場に停めてきた。

 たろさんは出張帰りなので何と言われてもわたしが運転する気でいた。


「そんなに重くないから大丈夫。会社の駐車場、土曜の夜なら置けただろうから経理に聞いとけば良かったね」


 ……あー、と。

 やっぱり今も駐車場の管理は経理が担当しているのかぁ。

 だったら━━


「いえ、いいです、大丈夫です」

「そう? どうせ空いてるんだからちょっと停めるくらい大丈夫だと思うけど。堀ちゃんなんだし」

「まあ……そうなんですけどね」

 複雑なんですよ、わたしも。

 うーん、態度が不自然になっちゃったかな。


「まぁ、あそこ狭いから停めにくいか」

 たろさんは少し不思議そうだったけど、そう言ってくれた。

 たろさんは、優しい。

 

 後部座席に荷物を乗せて運転席に乗り、キーレスですぐに車のロックをする。

「堀ちゃん、鍵しめる人なんだ」

「まぁ、防犯ですねぇ。一人で乗ってて信号待ちで乗り込まれた、ってニュースとか聞くと夜は怖いですし。さくらを乗せるようになったから余計に」

 子供用のシートに乗せてベルトもちゃんと着用しているが、それでも鍵に手が届いて開けたら、と思うと怖い。

 最近、内側からは開けられなくなるチャイルドロックなる機能を知ったばかりだ。

 もっと早く知りたかった。

 そう言ったら、たろさんは笑いながらまた頭を撫でてくれた。

 身長が低いからちびっこ扱いされている気がする。


 少し体をひねってシートベルトを留めようとすると、ふとたろさんが上半身を寄せてきた。

 顔を上げると目が合って、軽く唇が重なった。

「ただいま」

「おかえりなさい」

 うぅ、めちゃくちゃ照れる。

 街灯からは離れているし、人影もないとはいえ。

 その後たろさんはおとなしくシートベルトを着用してくれた。


 運転しないといけないのに動悸がすごい状態なんですけど。

 ただでさえ男の人を乗せての運転は緊張すると言うのに。

 だって、絶対男の人の方が運転上手なんだもん。

 駐車とか1回で決められないから恥ずかしい気がして余計にあせる。


 たろさんの言動は素直だ。

 わたしが誤解しないよう、誤解しそうな時はちゃんと色々言ってくれる。


 わたしも見習うべきだ。


「あのですね、さっきの駐車場の事なんですけどね」

「ん?」

 あー、言いづらい。

 一つ、大きく深呼吸する。


「会社の駐車場借りてくれるって事は、どこが空いてるか経理と連絡取らなきゃいけないじゃないですか。それでですね、今も女の子が担当してるんだったら、ちょっと、その、なんというか嫌じゃないんですけど、わたしもちょっと複雑になっちゃいまして」


 一度息を整えた。

 ハンドルを握る手が震える。

 そりゃまぁ、会社勤めである以上、いろんな女性と接する機会はいくらでもあるんだから、こんな事を言うのは本当に嫌な女だと分かってるんだけど。


「仕事で話すのは全然気にならないんですけど、何と言うかある意味、仕事じゃないじゃないですか。せっかく言ってくれたのに、もうホントすみません」


 自分がかつてあの部署にいて、男性社員との距離が近い事を知っているから。


 出張者の飛行機は往路は経理で準備するが、復路は休業日に決まったりするので基本的に自力で手配する。

 出張に出てしまえば、次に経理と関わるのは出張費の精算だけだ。

 だから、必要以上に、普段以上に話す機会が増えるのが、複雑だった。

 いやだと、思ってしまったのだ。


「うわ」

 たろさんが驚いたようにこちらを見て、ポツリと言った。


 うわ、「うわ」って言われた。

 そりゃそうだよな。

 わたしは運転中なので前を向いていたけれど、たろさんがものすごく驚いているのが気配で分かった。

 あぁ、もう。嫌だなぁ。

 いい年した社会人がこんな我が儘言って。

 めんどくさい女だよなぁ。


 ちょっと泣きたい。

 あぁ、動悸が一向に治まらない。


「堀ちゃんかわいい」


 ━━あの、何を聞いていたんですか?



「うわー、ちょ、堀ちゃん。それはズルいって。反則すぎ」


 綺麗な顔を両手で覆ってうつむくたろさんの一言で、動悸は一瞬で落ち着いた。

 よく分からないけど、次はたろさんが落ち着かないといけない番だと思う。




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