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18/32

18、4週目は出張中で不在でした

 7日間の予定は案の定延びて10泊11日になった。


 堀ちゃんに土曜の最終便で帰るとメールをしたら『良ければ空港までお迎え行きますよ?』と言ってくれた。

 催促したつもりはないけど、結果的にそうなってしまったかと反省しつつ、会えるのは嬉しい。

 本当に嬉しい。

 やばい。

 今、絶対人に見られたくない顔になってる。

 自覚はあったが止められないので、口元を無意味に片手で覆った。


 普段、飛行機の移動中は寝て過ごす事が多いが、今日はまったく眠れなかった。

 早く帰るために連日深夜残業したというのに。

 堀ちゃんに会うのがどれだけ楽しみなんだろうと自分でも呆れる。


 堀ちゃんは大抵17時半で就業し、ジムに行ったり、ショッピングモールやスーパーに買い物に行ったりと平日でもちょこちょこ動いているようだった。

 今週からは4月に幼稚園に入園するというさくらちゃんの巾着やランチマットなどの入園用品を縫うのだと言っていた。

 赤ちゃんの世話で裁縫など不可能な妹さんに代わって堀ちゃんが作るらしい。


 趣味などを満喫してくれている方が、こちらとしてはありがたい。

 さみしい思いをさせている、と感じなくて済むから。

 もっとも、あの堀ちゃんがさみしい思いをしてくれるかどうかは甚だ怪しいけれど。 


 到着ゲートを出て、預けた荷物を受け取る為にコンベアーに向かった。

 普段は手荷物で済むサイズだが、今回は部品の持ち帰りがあった。

 一抱えほどの段ボールが1つ。車での迎えは本当にありがたい。


 堀ちゃんは『久々の空港なのでお店見て時間潰してます』と言っていたので連絡する前に見渡してみる。

 この間温泉街で土産物屋を堪能していたので、そんなに珍しい物はないと思うが、ご当地キャラなど真剣に見ていたので今日も堀ちゃんは本当に楽しんでいそうな気がした。



◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆



 空港にお迎えに行くと見知った顔と目が合って、無邪気な笑顔で手を振られた。

 たろさんの会社の後輩の松下くんだった。

 と言ってもわたしの後輩でもあるわけで、4つくらい年下の彼はお姉さんがいるせいか妙になついてきて特に仲の良かった子だ。

 どちらかというと可愛い顔立ちで、やんちゃな感じだった彼も数年前に結婚し、さすがに大人になっていた。

 退職後も会社仲間の飲み会に呼んでもらったり、しばらくは付き合いがあったし、ショッピングモールでご家族連れの彼と偶然何度かあった事がある。


「堀川さんじゃないですかー。お久しぶりです。誰かのお迎えとかですか? あ、昔うちの経理にいた堀川さん」

 彼は連れの、これまた若い男の子に紹介してくれた。

 男の子はなぜかポカンとした表情になった。


「え、経理の堀川さんって、製造部の部長と大喧嘩して、経理部長が止めに来たっていう堀川さんですかっ」

 え、何それ、なんでそんな武勇伝みたいになってんの。

 松下君は大笑いしていた。


「ちょ、違うよねぇ。あれでしょ? 中国の旧正月のチケットが取れなくて部長にすごい怒られて、後で課長が『旧正月に急な飛行機なんか取れない。1日社員を空港でキャンセル待ちさせても取れません』って説明に言ってくれただけじゃなかったっけ。あの部長とケンカとか普通に考えてあり得なくない?」


 経理部長は経理部長で「製造部長が、『とんでもない飛行機を予約した。二度とあの航空会社は使うな』ってぶちぶち文句言うから『うちの子は出張したこと無いんです。うちの子が出張してから言ってください』と言ってやった」とお偉方の会議の後言っていた。

 日頃、経理部の人間が海外出張の手配に追われている事に日頃から思うところがあったのだろうとは思う。

 多分その辺りが混ぜこぜになったのだろう。

 本当にありがたいんですけど、わたし出張行きたくないです、と思った。


 経理の上司には本当に大事にしてもらった。

 テープカッターの金属の刃に『危ないから。労災防止ね』と厚紙で作ったカバーをつけてくれたほどだ。

 3歳の姪っ子だって使ってるというのに。


「もー、今度その話聞いたらちゃんと説明しといてよ」

 シゲさんあたりが面白おかしく話してるに違いない。


「シゲさんが新入社員が入るたびに言ってますよ」

 やっぱりか!

 わたし自身、社内で語り継がれていた武勇伝のほとんどはシゲさんから聞いた。

 という事は、あのいくつかはガセの可能性があるって事か。


 みんなあの頃は海外進出でピリピリしていた。

 それが落ち着いた時、今がチャンスだ、またすぐ似た状況になると判断して、わたしは逃げた。

 心身ともにおかしくなる前に、今なら行動出来る、転職も出来る年齢だ、って判断したんだよね。


「他にたろ先輩も一緒なんですよ。今預けた荷物取りに行ってるんですけど、覚えてます?」

「あぁ、うん。覚えてるよ」

 その人を迎えに来たんだけど、はたして言っていいものか。


 あの会社の社員さんって彼女の事、秘密にしたがる人多かったんだよね。

 上司にからかわれたり、短期間で別れるからかなぁ。

 単に恥ずかしがりなのかも?


 あぁ、他に会社員さんが一緒の可能性とかは考えなかった。

 迂闊過ぎた。

 考えずとも分かろう事なのに。

 ……浮かれてたのかなぁ。


 ほとんどの営業さんは金曜の最終便で帰って来るから大丈夫だとは思うけど、技術者さんは仕事が終わり次第曜日関係なく最終便で帰る人が多かった気がする。

 退職して8年。

 わたしが知らない社員さんも大勢いるわけで、他にも見られるかもしれないな。

 その辺りを確認しとくべきだった。


「先に帰っていいって言ってくれたんですけど、さすがにそれもなー、と思ってたら堀川先輩に会ったんですよ」

 たろさん、後輩にも優しいなぁ。

 と言いたいところだけど、そういう事ならやっぱ秘密にしときたいパターンな可能性大かな。


 若人達と話していたら、たろさんが大きな荷物をカートで押してやってきた。

 細身のブラックジーンズに黒いダウンジャケット。

 一見ラフな姿なんだけど、ノートパソコンが入っているビジネスケースがいやおうなしに大人の魅力をアップさせて、「なんでそんなにカッコいいのかなぁ」としみじみしてしまった。

 恋人が帰ってきた! という喜びよりも、他人事のようにうっとりと観賞するという感覚に近かった。


 こちらに気付いたらしいたろさんは軽くショックを受けたような、何か複雑そうな顔になった。

 あぁ、やっぱり後輩に見られたくなかったパターンか。


 やらかした。




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