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10、2週目 日曜日 <温泉地と言っても地元です>

 日曜日の夕方。

 たろさんに近所のコンビニまで迎えに来ていただいた。

 

 最近のコンビニは増え過ぎだと思うが、待ち合わせには分かりやすくてありがたい。


 現在もあの会社にて現役の明子姉さんは「独身貴族のアラフォーの皆さんは外車とか、高級国産車とか、車に走り始めた」と言っていた。

「あー、そっち行きましたか。お金たまる一方でしょうしねぇ」と笑っちゃったんだけど、たろさんは以前、そりゃ20代半ばの頃の話だけど平べったいスポーツカーに乗っていた。

 それを知っていたから相変わらずだったらどうしようと思っていたが、紺色のスタイリッシュな型のコンパクトカーに乗り換えていらっしゃった。

 意外と堅実じゃないですか!

 大人になりましたねぇ。

 最近は若者の車離れとかで車高の低いスポーツカーもずいぶん減ったように思うけど、若い頃は車高が低い車は乗り降りがしにくくて苦手だったんだよね。

 そしてこれは偏見で申し訳ないんだけど、そういう車を選ぶ人も、実はちょっと苦手だったりしたんだよなぁ。


 ━━あぁ、やばい。

 何がやばいって、たろさんの運転がやばい。


 ビビり屋なわたしは、人様の運転する車に乗ると内心大騒ぎな事がある。

 自分も運転するから「ひぃ! スレスレ!」とか「車間近くない?」「あの人出てきそうだよ、やっぱり出てきたぁ!」と怖い事がよくあるんだけど、たろさんの運転にはそれがない。


 穏やかで、余裕のある運転。

 歩行者がいれば徐行&距離を開ける、横断する人がいれば一時停止、車間に余裕があれば他の車を入れてあげるし、入れてもらうとお礼のハザードを点滅させる。


 くぅっ。なんて理想的な運転。

 これはちょっと……すごいぞ。

 大人だなぁ。

 いや、まあ自分もいい年なんだけどさ。

 

「あれから考えてたんだけど、多分あの頃の俺って堀ちゃんにコンプレックス抱いてたんだと思う。堀ちゃんいつもにこにこしてて、誰にでも明るく話せるし。俺人見知りなとこあるから」

 車に乗れば、たろさんはそんなことを言い出した。


 はぅあ!

 もしかして、ずっと気にしてました!?

 飲みの席だからと思って言い過ぎた。

 昔は思った事をすぐ口にしてはよく後悔した。痛い目も見た。

 最近になってようやく落ち着いてきたかと思っていたけど、アルコールが入り、たろさんとの会話が楽しくて口が滑ったか。


「すみません! 考えなしに古い事言っちゃて。楽しくて完全に調子に乗ってました。あまりにもテンションの高い人に引き気味になると言うか、体育会系のノリについていけないと言うか、そんな感じですよね?」

「すごい例えだね」

 たろさんは苦笑してくれたが、それでも申し訳ない。

 どう考えたって10年以上の前の事を持ち出す方がおかしい。

 おそらく、この人はものすごく悩んだはずだ。

 

「わたしうるさかったですもんねぇ。友達に言わせると『能動的人見知り』だそうで、とりあえず『機嫌とって笑っとけ』みたいなトコあって」

「あれ、人見知りだったの。分かりにくすぎるって。単に俺が勝手に嫉妬してただけだから。こっちこそ、あの頃はごめんね」

「いえ、わたしが悪いので」

「誰にでも人当たりのいい堀ちゃんに嫌われてやさぐれてたんだよ」

 たろさんは笑って頭にぽん、と手を置いてくれた。

 なんでそんな風に笑っちゃうかな。


◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆


 日曜の夜なので土産物店の並ぶ通りも、足湯も空いていた。

 土産物店をめぐる堀ちゃんは本当に楽しそうだった。

 時々店員に「どちらからですか?」と尋ねられ、「地元なんですよ」と言って話す堀ちゃんの人当たりの良さは相変わらずだった。

 和雑貨や焼き物の器を熱心に見て、ご当地キャラクターのグッズも「あー、これかわいいなぁ」と唸っていた。

 女子の「かわいい」は分からない、とは言うが堀ちゃんの趣味はなかなか個性的だった。

 だが、堀ちゃんは結局買わずじまいだった。

 器の専門店でも渋い焼き物を睨み付けるようにずっと見ていたが、一つ頷くと棚に戻した。

 確かに予め「片付けが苦手で家に物を置かないように心掛けてるので、見るだけになっちゃうんですけど、本当にそれでもいいですか?」と確認された。それも二回。

 高い棚の物が気になる時は、申し訳なさそうにはにかむようにこちらを見上げて来るのが上目使いになって可愛い。

 でも慣れた感もあって少し複雑だった。

 身長の低い堀ちゃんなので、高い所の物は取ってもらうという習慣がついているのは仕方ない事なのに。

 そして店を出る時も店員に会釈して「ありがとうございました」と言う堀ちゃんは律儀だ。


 食事の前に足湯に入った。二人並んで座り、足を浸す。

「「あー」」

 風呂に入った時のように出た声が同時で、これまた二人同時に笑ってしまった。

 この界隈は無料の足湯が何か所か作られている。

 そんな中、ロングスカートを膝が隠れるほど上げた堀ちゃんの白い足を見て軽く動揺した自分が嫌になる。


「晩ご飯、何にしましょっか。軽食系とお米だとどっちがいいですか?」

 観光地なので飲食店は多いので店には困らなかった。

 堀ちゃんは古民家カフェと郷土料理の店が気になると言う。

「お昼のランチは何系だったの?」

「和食系です。たろさん今日お米食べました?」

「食べてないけど、昼が和食ならカフェにする? 米にこだわりはないし」

「んーでもそれならお米にしましょうか。男の人は1日1食はお米を食べてるイメージあります。それにわたしお昼に鯛飯と悩みに悩んだんですよね。郷土料理なら鯛飯ありそうだし。食べ過ぎですかねー」

 堀ちゃんは照れを隠すように「あはは」と笑いながらもさらっと決めた。

 男前だ。

 会社でも飲み会の幹事をよくしていた堀ちゃんだ。行先なども事前にチェックしているらしく、デートプランなんて男の役割をこなしていく。

 もっと男を頼ったり、甘えてもいいのに。

 そう思いながら、堀ちゃんのそんな様子に今までの男の影を感じてしまって、それは口をついて出た。


「でもカフェも気になるから、また今度行ってみようか」


 堀ちゃんは一瞬詰まってから「はぁ」と答えた。

 そりゃそうだろうなと思う。

 これだけ押されれば戸惑いもするだろう。


 食後、昔のお堀を利用した大きな公園に移動すれば幻想的な光景が広がっていた。

 遊歩道に沿って並べられた色とりどりの提灯は、考えていたよりもずっと凝っている。

 提灯と言うよりもランタンのようだ。


「これはすごいですねー」

 堀ちゃんも予想以上だったらしく、白い息を吐きながら弾んだ声を上げた。

 木に掛かっている灯りを見上げ、歩道沿いに並んだ小さな灯籠を楽し気に覗きこみながら歩く堀ちゃんの背に声をかける。

「堀ちゃん」


「はい?」

 子供のように無邪気に振り返った笑顔は年齢よりも幼く見えた。


「仲直りしよう」


 堀ちゃんは怪訝そうに、差し出した俺の左手を見ていた。 



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