大いなる帰還
あなたはようやく目を覚ます。
気がつくと海岸だった。海岸の奥は森になっていた。
立ち上がろうとすると、体の節々が痛い。
ヘリコプターの残骸が燃えている。
首相官邸に爆弾を落とし、逃走するところ、機動隊から銃撃を受けた。
ヘリコプターの燃料タンクに穴が開いたのだろう。それでも小笠原諸島の名もない無人島まで何とか飛行できた。着陸体制に入る直前に燃料が切れ、墜落したようだ。一つ間違えれば、あなたの命はなかっただろう。
あなたは革命グループ、市民党のリーダーだ。現政権に不満を抱き、テロ活動を企てた。
スーツケースがヘリコプターの側に投げ出されている。数日間、生き延びるための品物が入っている。
あなたはスーツケースを開ける。最初に見つけたのはスマートフォンだ。あなたは部下のマサルに電話する。こんな無人島で電話がつながるわけないか。そう考えたとき、マサルの声が聞こえる。
「チーフ、ご無事ですか?」マサルが言う。「今、チーフは全国で指名手配されてます。しばらく日本に帰って来ない方が安全です。それと緊急時以外、できるだけこっちと連絡取らない方が無難です。週1回ぐらいの割りで情報交換しましょう」
マサルの電話はそこで切れた。
スーツケースにはモバイルWifiルーターとUSB接続のソーラーパネル充電器も入っていた。おそらく隣の島にHSDPAの基地局があり、マサルの口座からキャリアに通信料を振り込んでいるはずだった。
この他、携帯用大工道具一式と、折り畳み式の釣竿、拳銃、ライター、ペットボトル、下着、裁縫箱などが入っていた。
あなたの無人島での生活が始まった。
スマホでブラウザを立ち上げ、必要な知識を吸収した。
最初のうちは、木の実や魚を釣って食料にした。
木の枝を集め、ライターで火をつけ、魚を焼いた。
銃でカラスを撃ち殺し、食料にすることもあった。
あなたは大工道具で森の木から木材を作り、それを加工し、上総掘りの井戸を作った。
ペットボトルの水が全部つきる前に何とか完成した。
またライターのガスがつきる前に、木をこすり合わせて火を起こす技術を身に着けた。
あなたは次に木材で丸木小屋を建てた。
また森の一部を農地に開拓し、野菜や米や綿花を栽培した。紡績機、手織り機を自作するのに数週間かかった。
こうして食料、衣料を少しずつ自給できるようになった。
農業、大工仕事、服飾の自給に関する知識はすべてスマホから得ていた。サイトを見つけるだけでなく、いくつものSNSのコミュニティーに入り、質問すると親切に教えてくれる人がいた。
また週1回のマサルとのメールのやりとりも貴重な情報源となった。
無人島生活を始めて、半年くらい経過したある日、マサルがモーターボートに乗ってやって来た。
「チーフ、まだ日本に帰らない方が安全です。今日は差し入れを持ってきました」
あなたの要請で、マサルは小型溶鉱炉など製鉄用グッズ一式を持ってきた。
「この島の反対側に川があります。そこから鉄鉱石がとれます。この溶鉱炉で鉄器が作れます。製造方法はネットで調べてください」
マサルが帰ってから、あなたはまず川から拾ってきた鉄鉱石でナイフを作った。ネットの情報を使って、あなたは鉄器の製造法を少しずつ覚えていった。
数週間後、マサルが五人の党員を連れてやって来た。二人は男性、三人は女性だった。
「彼らも指名手配で警察に追われています。この島で面倒見てやってください」
島の人口は六人に増えた。
生活の文明度は一気に進化していった。
この頃からマサルは頻繁に差し入れに来るようになった。
マサルの手配で業者を雇い、海底ケーブルを島まで引き、ブロードバンド、ルーター、サーバーを備え、キャリアに通話料を払わなくても、島での情報生活は、都市と全く変わらなくなった。
あなたを含めた六人の島民は、それぞれ男女三組のカップルになり、結婚した。
世帯ごとに4LDKの戸建住居を三軒建築した。上水下水完備。屋根に設置したソーラーパネルと、薪を炊くことでエネルギーを確保した。
島民のうち、医師兼歯科医が一人いた。彼はマサルが調達した医療器具一式を使い、医師兼歯科医の仕事をした。
そのうちに各家庭の庭を掘り、温泉を作った。温泉は入浴を楽しむだけでなく、冷暖房や冷凍冷蔵庫の熱エネルギーに利用でき、薪を割る量を減らすことができた。
電気製品は最初はマサルの差し入れだったが、半導体や電子ボードだけマサルに持ってきてもらい、少しずつ自作するようになった。
業者にも手伝ってもらいながら、コンクリートの舗装道路を作り、自動車を自作し、鉄筋コンクリートのビルまで建設するようになった。ビルは工業製品の工場と島の公民館を兼ねた。
工場では木工、金工、服飾、機械、化学など、ほとんどの種類の工業製品を自給できた。
各家庭の庭では穀物、野菜、果物を栽培し、養鶏で食用卵も自給した。この他、共同牧場を設け、酪農や牧畜も行い、島民が食生活で不自由することはなかった。
あなたが島で生活するようになってから十年後、島はほとんど一つの都市国家になっていた。
三世帯の島民に子供が生まれ、人口も増えた。
島の工場でプライベートジェットを自作したとき、マサルがあなたを迎えに来た。
「チーフ、革命は成功しました。われら市民党が新日本共和国の政権を奪取しました。私が暫定大統領兼首相をやってます。ところで来月、初代大統領の国民選挙を実施したいと思います。是非、チーフに立候補していただきたい」
「いままでごくろうだった」あなたは言う。「大統領就任後も、引き続き君に首相をやってもらう」
あなたは妻とともにプライベートジェットに乗り、羽田空港目指して離陸した。