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AI小説

 光の粒が川面を跳ねる。

 その粒はまた、風になびく新緑の街路樹の枝葉を跳ねる。

 もう夏か。

 ガラス越の日差しが少し熱い。

 元荒川は中洲が細長く伸び、二つの川に分かれている。

 ぼくは川沿いの道に車を走らせていた。

 森沢君のマンションは市役所を過ぎると見えてくる。

 森沢君は大学の友人だった。

 大学卒業後、IT系の企業で数年働いた後独立し、フリーのプログラマーとしてウェブ開発の仕事をしていた。

 一週間前にその彼から突然電話があり、見せたいものがあるから暇なときに来てくれ、とのことだった。


「人間のあらゆる労働は」森沢君が言う。「近い将来、機械やロボット、またはAIに置き換えられる」

 越谷のマンションは最近、購入したらしい。一人暮らしに4LDKはやや広い。

 書斎の本棚はITやエレクトロニクス関連の書籍や雑誌で埋め尽くされていた。机の隣のパソコンラックにはデスクトップPCが鎮座している。

 森沢君は、秋葉原で買ったらしいアニメ柄のTシャツを着ていた。

「あらゆる労働において機械の方が人間より優れている。

肉体労働や精密作業は機械の方が上だが、頭脳労働は機械にできない。それが七〇年代以前の世間の常識だった。

ところがコンピュータの普及で頭脳労働の多くが機械にもできるようになった。もちろんPCを操作する人間は必要だが、それも時間が経つごとに操作は簡便になってきている。

いずれ人間は労働力として不要になる」

「そんなことないだろう」ぼくが言う。「最後まで人間にしかできない仕事は残るよ」

「もちろん、例外的に残る仕事はあるだろう。

たとえば工業製品の工場でオートメーションが進めば、すべて機械が自動的に製品を製造するようになる。ところが毎日、工場の始業時にその機械の電源を入れ、終業時に電源を切る人間が必要になる。つまり電源の入り切りを仕事とする工員だけは最後まで必要だろう」

「そんなんじゃなくて、もっとあるだろう。人間にしかできない仕事って」

「電源の入り切りはともかく、こうした例外を除けば、会社の社長は社員全員を首にして、機械に仕事をやらせるべきだ。その方が会社としては人件費が浮き、利益率が向上するはずだ」

「そんなことしたら、世の中、失業者だらけになっちゃうじゃないか。ただでさえ仕事を見つけるのが困難な時代に、社員をやめさせるべきじゃないよ」

「失業者だらけということはありえない。つまりみんなが社員を目指すのでなく、社長を目指せばいいだけの話だ。それも人間の社員のかわりにロボットに仕事をさせる社長だ。

最初のうちは、こうした機械やロボットは高額だが、PCのときと同じようにそのうちに値段が下がり、性能は向上するはずだ。またPCのように機械やロボットも小型になってくる。

そうなれば個人商店の感覚で工業製品のメーカーが起業できる。流通業、金融業、サービス業、マスコミも然り。役所や非営利団体だってそうだ。接客がない業種であれば、人間をほとんど雇わずに会社を経営できる」

「そんなもんかなあ」

 だが森沢君が自信を持って断言することは一理あるはずだ。そんなふうにぼくには思えた。

 マンションを購入した森沢君。彼の羽振りがいいのは明らかだったが、その一方でぼくは中途半端な状態だった。

 大学卒業後、半導体関連の企業に就職したぼくは、事業の経営悪化でリストラの憂き目にあう。仕方なく都内の実家に戻り、コンビニなどのバイトをしながら求職活動していた。と言うか、最初の半年間は求職活動をしていたが、就職できず、今は何もしていない。

 暇なときは小説を書いてネットに発表していたので、自分は小説家の卵だと世間的には吹聴していた。

 父はあと数年で定年退職の公務員。だからぼくの身分は半分ニート、半分フリーターといったところだが、そのことに深く悩むでもなく、さりとて満足するでもなく、成り行きに身を任せている毎日だった。

 だから自分と森沢君の意見が違うときは、自分より社会的成功者の彼の方が正しいように思えてくる。 

「ところで」森沢君が言う。「君は小説を書いてるんだよねえ」

「まあ・・・・ねえ・・」

「ノベルX5って知ってる?小説を書くソフトウェアなんだ」

「えっ?小説を書くソフト?」

「そうなんだ。実は、今日、君を呼んだのはこれを見てもらうためだ」

 作曲を支援するソフトウェアなら知っている。「シンガーソングライター」なら、PC上に楽譜を入力すると自動的に伴奏を編曲する。PCに接続したマイクで歌うとメロディーを楽譜に自動変換する。

 作詞を支援するソフトウェアもネットで見つけたことはある。だが作曲支援ソフトにくらべれば、まだ発展途上と言える未熟な代物だった。

 言語を理解するのはAI(人工知能)が必要だ。グーグルなどで無料で翻訳ソフトも利用できる時代。そう考えれば小説を書くAIが開発されても不思議ではない。

 九〇年代初め、ハーレクインロマンスが流行した頃、出版社はコンピュータを使って小説を企画していたという話をネットで読んだことがある。

 小説自体をコンピュータに書かせたわけではないが、最近ベストセラーになった恋愛小説を分析してトレンドを綿密に調査し、その情報をもとに、主人公の年齢や職業、小説の舞台となる都市、さらには「純愛もの」、「不倫もの」、「セカンドラブもの」といった恋愛小説のジャンルを決定。その上で文章を人間の作家に書かせたという。作家の人選にもコンピュータのデータが役立った。

 森沢君はデスクトップPCを起動した。

 ノベルX5のスプラッシュ画面が消えると、複雑な設定画面が表示される。

「ネットサーフィンをしていたら、たまたま見つけたんだ。ログイン情報を登録すれば、誰でも無料で利用できる。クラウドコンピューティングで、サーバーのスーパーコンピュータのAIが小説を書くらしい」

「どの程度の小説なの?どうせ、しょぼいんじゃないの」

「それを文学に詳しい君に確認してほしいんだ。自分は小説なんか読まないから、ノベルX5が書いた小説が普通の小説にくらべて面白いのか、つまらないのか、よくわからない。ただ自分の個人的感想としては、コンピュータが書いたにしては、ちょっとすごいかな、という感じがしたんだ」

 ぼくはデスクトップPCの前に座り、設定画面に入力していった。

 小説のジャンルはSFショートショート、主人公はぼくと同じ、二十代後半の男性でフリーター。舞台は越谷市・・・・。

 エンターキーを入力すると、「しばらくお待ちください」という文字がメッセージボックスに出力される。

 メッセージボックスが消えるまで、三十秒もかからなかった。

「これが面白かったら」森沢君が言う。「人間の小説家も機械に代替されて廃業かな?」

 デスクトップPCの画面を覗き込むと、ノベルX5が出力した小説の書き出しは、こんな文章で始まっていた。


 光の粒が川面を跳ねる。

 その粒はまた、風になびく新緑の街路樹の枝葉を跳ねる。

 もう夏か。

 ガラス越の日差しが少し熱い。


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