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山本クエスト  作者: 山本
第一章 モンスターハンター山本
9/21

山本の講習(後編)

 「でいやー!!」

 

 一服してから町の外に移動すると他のグループも外で講習を受けていた。

 多分講習の内容とかはほとんど共通なんだろう。

 上級レベルのグループは一人でモンスターを狩っているようで、中級レベルは職員が見ている中で狩っている。

 初級レベルは職員の動きを見て学んでいるようだ。

 辺りを見渡していると中級レベルにアキ子の姿もあった。


「いけーアキ子ー!」


 周りの人達が運動会のように応援していた。

 まぁそれなりに楽しくやっているようだ。

 


「それでは魔法グループも始めていきます」


 そう言って職員はモンスターと戦闘を始めた。



「ぎゃーす」



 現れたモンスターはここでは定番の狼みたいなモンスターだ。

 狼が職員に噛みつこうと顔に向かって飛びかかるが職員はなんなくかわす。

 そして狼の次の攻撃を許す前に職員が魔法を使い狼を燃やしてしまった。

 山本があの日大蜘蛛に使った魔法より数倍強かった。

 お前が世界救えよ……と山本は思ったがなにか理由があるんだろう。


「こんな感じですかね。じゃあ次は皆さんにやってもらいます。必ず魔法で倒してください」


 最初に指名されたのは雷魔法が使える宮田だった。

 宮田はこのグループ最年少だがかなり生意気だ。


「めんどくさ」 


 やはり魔法が使えるのは珍しいらしく他のグループの順番待ちをしている人達はこちらに集まってきていた。



「ぎゃーす」



 またしても狼みたいなモンスターが現れた。


「また、こいつかよ……。弱すぎて話にならないな」


 宮田はそう言うと凄い速さで剣を抜き狼を斬りつけた。

 狼は足を斬りつけられたようで起き上がっては倒れたりを繰り返していた。

 山本は早くて見えなかったが、周りのギャラリーは盛り上がっているようだ。


「足狙ったのは失敗だったか。もう襲い掛かってこないから終わらせるかな」


 そう言うと宮田の体からバチバチ音がしてきた。

 宮田の右手に電気が集まっているのか青白く光っている。

 右手をそのまま苦しんでいる狼の体にのせるとバチバチバチと大きい音がして狼が動かなくなった。

 周りからは歓声が湧く。

 魔法の腕も剣の腕も山本とはレベルが違かった。

 後で知った事だがこの宮田は世界的に有名なモンスターハンターらしい。

 ギャラリーの中には宮田を一目見たくて集まった人も多そうだ。


「さすが宮田さんですね。では次どなたか」


 職員が言うとはいはいと周りの奴らが手をあげる。 

 もちろん山本は手をあげないが自分の番が確実に近付いていることで徒競走の直前のようにドキドキしてくる。

 山本は緊張するとお腹が痛くなるタイプだ。

 腹痛を我慢している顔をみて橘が言った。


「やっぱりああいうモンスターの倒し方はよくないですよね。モンスターだって生きているのに……」


「あぁそうだな……」


 橘はなにか勘違いしているようだが山本は一応乗っておいた。



 ……そして、残るは山本と橘二人だけになった。


「さぁどちらからやりますか?」


 職員が声をかける。

 山本が周りを見渡すと他のグループは全員終わっているみたいで大勢が魔法グループを取り囲んでいた。

 山本の心臓の音が痛いくらい動いているのがわかる。

 もしかしたら隣の橘にも聞こえているかも知れない。

 ちらっと隣を見ると橘と目があった。


「どっちから行きます?」


「お、俺が行くよ……」


 山本にとってこんな極限の状態でも橘にはいいところを見せたかった。

 山本が立ち上がると周りが一層盛り上がる。

 この盛り上がり方は山本を応援しているからではなく、むしろその逆で山本がどれだけ無様に失敗するかを期待しているんだろう。

 ……ちくしょう。

 悔しかったがしょうがない。

 今までの山本は魔法も使えないただの無職だった。

 でも今は違う。

 あの時確実に魔法が使えたのだ。

 この中の誰が大蜘蛛のような巨大なモンスターと戦っただろうか。

 確実に俺達だけだ。

 ……もしいたとしてもそんなにいないはずだ。

 

「山本ー!せいぜい頑張れよー!」


 声のするほうを見てみるとゆうやが笑いながらこっちを見ていた。

 その隣ではたけしが苦笑いしていた。

 山本とパーティを組んでいた手前、バカにする事ができないのだろう。

 周りを見渡すと、アキ子や、ちよもいた。

 アキ子は心配そうな目でこちらを見ていた。

 きっとこの後の山本の事を考えているのだろう。

 

「山本さん!来ましたよ!」


 職員の声で我に返ると目の前にモンスターがいた。



「ぎゃーす」



 狸みたいなモンスターが現れた。

 こいつはここら辺で一番弱いモンスターだ。


「なんだよ……。つまんねーな」


 ゆうやが呟くが山本にはもう聞こえない。

 山本は剣を抜き構えた。

 手が震える。

 モンスターと戦うのが怖いんじゃない。

 ここで失敗して周りの皆に、橘に笑われるのが怖いのだ。


「ん?あいつ震えてね?」


 観客の誰かが言った。

 クスクスと笑い声が聞こえてくる。

 

 狸が山本に飛び掛かってきた。

 山本が剣で反撃にかかるが攻撃が当たらない。

 今の山本ならこんな敵簡単に倒せるはずなのだがいかんせん手が震えてしまい狙いを定められない。

 狸が山本に噛みつく。


「こ、こいつ!離れろ!」


 山本が必死に狸を離れさせようとするが一回噛みつくと中々離れない。


「あっはっは!おいたけし、あれ見ろよ!あいつあんなモンスターに手こずってるぞ!お前よくあれとパーティ組んでたな!」


 ゆうやが大声で騒ぐものだから周りにも聞こえていたようだ。 

 周りの観客にも笑いの連鎖が広がる。

 もちろん山本にも聞こえていた。

 山本は既にこの戦闘中になんども心が折れそうになった。

 

 しかし諦めなかった。


 橘が山本をジッと見ている。

 その目は哀れみの目ではなくただジッと。

 ここで諦めてしまったら笑わないで見てくれている橘を裏切ってしまう事になると思ったのだ。


 ようやく狸を引き離し山本の攻撃が当たった。

 狸はダメージを負ったようだが致命傷ではない。

 逆に山本のほうがダメージを負っている。

 よ、よしここで魔法だ。

 山本は右手を構えて神に祈る。

 お願いします。絶対にでてください。



「はぁっっっ!!」



 なにもでなかった。


「え?あいつ魔法使えるんじゃないのか?なに、はぁっっって?」


 ゆうやが山本の真似をすると周りの観客からこの日一番の笑いが起こった。

 

 山本は心が折れる音が聞こえた。

 もうダメだ……。なんでこんな所に俺はいるんだ?もう帰ろう……。

 山本が剣をしまおうとしたその時、声が響いた。

 

「山本!頑張れ!」


 たけしが立ち上がり叫んでいる。

 その声に続いてアキ子も叫んだ。


「大蜘蛛との戦闘を思い出して!私達を助けてくれた時のこと!」


 周りがざわついている。

 しかし山本には周りの声は聞こえなかった。

 たけしとアキ子の声しか届かない。


「山本!お前なら絶対できる!」


 山本はもう一度右手を構える。

 そうだ!俺ならできるはずだ!

 だってこの三人で大蜘蛛を倒したんだ!


「はぁっっっ!!」

 

 山本の掛け声とともに火の玉がでた。

 とても小さいが狸を倒す威力はあったようだ。


「で、でた……俺の手から……」


 大蜘蛛の時は一瞬の事でよくわからなかったが今回は確実に出た。

 心の奥では俺は魔法なんか使えないんじゃないか、あの時はなにか偶然が重なったんじゃないかと思っていたが今、この目で見た。


「今の見たか?お前は魔法使えたんだぞ!」


「よく諦めなかったね!山本凄いよ!」

 

 たけしとアキ子が駆け寄ってくる。

 

「そうだ!薬草あるから今……」

 

「大丈夫です!私は回復魔法が使えるんです!」


 アキ子の声を遮って橘が言った。

 橘が回復魔法を使うと傷がどんどん癒えていった。


「こ、これが回復魔法なのか」


 たけしとアキ子は驚いていたが、周りの観客も驚いていたようだ。

 そして山本が立ち上がると拍手が起こった。

 よく頑張ったな、感動したなど色々聞こえてきた。


「よく言うぜ……。さっきまで笑いものにしてたくせに……」


 山本はそう呟き、泣いた。

 周りからはさらに大きい拍手が巻き起こる。

 たけし、アキ子、そして橘の顔には自然と笑みがこぼれる。

 これはさっきの観客たちの笑顔とは違う、優しい笑顔だった。



………


 

 そして今日は講習終了日。

 山本は威力こそ弱いが確実に魔法が使えるようになっていた。

 新しくなったハンターカードを受け取る。

 ICチップが埋め込まれている最新のカードだ。


「山本さん!おめでとうございます!」


 橘だ。

 ただ席が隣なだけだったが橘には何度も救われた。


「橘さんもおめでとう。短い間だったけど色々ありがとう」


 橘ともう会えなくなると思うととても悲しかった。


「山本さんと会えなくなると思うと寂しいですね」


 ?た、橘も俺と同じ気持ちなのか?ま、まさか……。


「山本さんはこれからどうするんですか?」


「あ、お、俺はこのまま細々とモンスターハンターやろうかなって思ってるけど……。橘さんは?」


 二週間たってもやはり旅に出る事は怖かった。


「そうなんですか……。私には妹がいるんです。その妹とパーティを組んで勇者をやろうと思っています」


 妹?初耳だ。


「同じクラスだった宮田がそうです。親が離婚していて名字が違うんです」


 おっと、複雑な事情があるようだ。

 たまに周りを気にしていたのは宮田がうまくやっているか心配だったのだろう。

 どう考えても人付き合いが苦手そうだ。

 ……俺が言えないが。


「もし山本さんが勇者をやるならどこかで会えるかもしれないと思ってましたけど、しょうがないですね」


「あねき。早く行こうぜ」


 宮田が割って入ってきた。

 糞ガキ邪魔すんなと思ったが橘の妹ならしょうがない。


「じゃあもう行きますね」


 そう言って橘は立ち上がり手を差し出した。

 一瞬、一人でも立ち上がれるぞと思ったがこれは違うだろう。

 山本も立ち上がり橘の手を握った。


「山本さん!本当にありがとうございました!」


 橘の目には涙が浮かんでいた。

 山本も既に泣きそうだったがなんとか堪えた。

 ……橘は行ってしまった。


「橘さんは勇者になるのか……」

  

 か弱い女の子でも世界を守る為になにかをしようとしている。

 俺は……。



 山本が廊下に出るとたけしとアキ子の姿があった。


「よっ!せっかくだからこれから飲みに行こうぜ!俺達は明日から旅に出る事にしたんだ。短い間だけどパーティを組んでいた仲だろ?」


「明日から?凄い急だな」


「苦しんでる人がたくさんいるんだって。他の国の勇者はもう動き出しているらしいの」


 この二人が眩しかった。

 誰かの為に戦いに行こうとしている。

 この二人ともう少し一緒にいたかった。


「……俺も行こうかな」

 

「よし!じゃあまず俺達は勇者の登録してからだからちょっと待っててくれな!」


 たけしが走り出そうとしたがアキ子が止める。


「たけし待って!……行くって居酒屋に?それとも……」


「俺も……勇者になる」

 

 山本は決意した。

 誰かが世界を救うのを待つなんて嫌だ。

 自分のできる事をするんだ。

 ……橘にもう一回会いたい気持ちもあるけど。


「そうか!お前も行くか!よっしゃ、早く登録して今日は飲みまくろうぜ!」



 この日、俺は勇者になった。

 世界中には勇者が沢山いる。

 まだその中の一人でしかない。

 不安がない事はないが俺達ならなんとかやれるさ。



 ……翌日は三人とも二日酔いで出発は一日延びた。



 第1章 モンスターハンター山本 完

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