02 夢と奇跡と
こっからは三人称で、俯瞰的に物語が進みます。
補助要素として偶に主観が入ることになるとは思いますがw
それでは第六話、始まります。
シノの髪型は、肩につくかつかないかぐらいの長さになった。大分軽くなった頭に、シノは面白いと感じているのか、頭を振り回してはふわふわと流れる髪を目で追っている。
エイファは笑いをかみしめながら、そんなシノの頭を洗い、服についてしまった短い毛を払う。
「おーい、飯出来たぞー」
夕飯の献立は、温かいスープに野菜炒め、後はパンと分厚いステーキ。町民にしては少々贅沢な食卓だろう。
シノが居るこの町の名前はカゾス。
商業都市国家ディルエバースの首都、豪商の街エビュリーズから山ひとつ離れた、国内で一番何もない町である。おおまかに、北に貴族地区、南に住居街、町の中央には治療院を運営する教会と、町長が運営している冒険者ギルドが向かい合い、東は倉庫街が広がる交易区、西に商業区という、この国ならではの町の作りになっている。
「どーだ! 注文通りだろ?」
「あんた、屋敷でどんなご飯シノちゃんに食べさせてるの? あたたかいのを注文するシノちゃんにどんなごはん食べさせてるのよ」
「な、誤解! それ誤解だから」
国内で何もない町と呼ばれるカゾスだが、特産が無いだけで、国家から独立してもやって行けるほどの生産力なら保有している。
町の東には大規模な農園が拡がり、そこから採れる野菜は町民が毎日食べても余るくらいの収穫量をほこり、南に広がる森からは、定住している狩人たちが肉を提供してくれる。
さらに、町の北にある山脈を越えれば首都エビュリーズで、東の山脈を越えれば交易の街ロルネラがある。
カゾスの町の人々は、朝食夕食の二食、野菜をたっぷり入れたスープにパンか蒸かしたポロシ、少しの干し肉を食べる。他の町よりも野菜が安く手に入り、周囲の森での猟もそれなりに行われている為、肉も高値になることはあまりない。
恵まれていると僻んで、他の住人は何もない町ちカゾスを呼ぶ。
「明日はどうするの? 休日だし、森に行って遊んで来れば?」
聞いて答えを聞くのではなく、提案するスタイル。
エイファが人に好かれる理由は、自分の考えも一緒に話して、話し合いながらのぞむ答えを見つけていくというやり方が上手いから、である。相手が気弱だったり、遠慮の塊だったりするとただの押し付けになりかねないが、そこのところの操作が上手いのだ。
しかも普段は人の話を遮るくらい一気に喋りまくるというのに、聞き上手で、会話が途切れるということもない。
散髪屋を訪れる町民には「散髪屋には八百屋よりも正確な情報が集まってる」と言う噂が広がるくらいだ。まぁ、簡単に行ってしまえば、どんな時代も主婦の情報網はバカにできないということだろう。
「ん、みなみの森にいってくる」
南の森は狩人の家があることで、あまり町人は近づかない。
肉を食べていても、生命を奪う行為をする狩人という職業にたいして、あまり良い印象が無い為、町では嫌煙されているのだ。
町に住むことができないぐらい嫌煙されている、と言った方が分かりやすいかもしれない。
「あー、タク君だっけ? シノちゃんの三つ年上の将来有望な少年ね」
「ん。去年から、おやかたといっしょにかりしてるはず」
「そっかー、お父さんと一緒に狩りしてるんだ。元冒険者の息子も強くなるのかしらね」
「北の森の魔物討伐とか進んでやってくれるからほんと助かるよな」
「十歳になっていきなり魔物討伐しちゃうかもね!」
ディルエバースには冒険者ギルドが存在するも、冒険者はかなり少ない。
その理由は明確だ。冒険者になることを望むほど国民には切羽詰まっている者は少ないし、なにより討伐対象となる魔物が他の国と比べて極端に少ないのだ。
魔の領域と呼ばれている、魔王が支配していると言われる土地から一番遠い国だから、とも言われているし、温厚な土地柄は魔物が生活する環境に合わないのではないか、とも言われている。
町長や、村長などが冒険者ギルドの長を務めると言う、他の国ではあまり見られない特殊な体系をしているのも、魔物と戦うと言うより、自然災害や人的被害を最小限に抑える為に存在しているというのが大きい。
冒険者ギルドで行っている住民登録をすれば、寄せられる依頼をこなすことができるのだから、わざわざ根無し草の冒険者にならなくてもいいのだ。
「ふゆのまものはあぶない」
「あ、タク君って冬の生まれなの。もし今年十歳だったら危なかったわね」
魔核と呼ばれる第二の心臓を持つ獣を魔物と呼ぶ。普通の獣との違いは、その巨躯と思考能力の欠如だろう。一昔前は自らの意志が通じない物の総称として魔物と考えられていたらしいが、獣人族や妖精族と親交を深めるうちに、意志の通じない獣を魔物とし、人の世を守る為に討伐する、と考えが改まったらしい。
今では普通に生活している獣人族や妖精族だが、人間主義者が多い神聖帝国フロウェルなどへ行くと魔物の一種だと蔑まれ、差別対象になったりする。
「なんだ、今年も大量発生しそうなのか?」
「あなた………いくら屋敷の使用人だって言っても町人であることに変わりはないんだからちゃんと情報は集めておいた方が良いわよー」
「引き籠りの料理人だからな、そこん所は優秀な奥様にお任せいたします」
「あー言えばこー言う………」
喧嘩するほど仲が良い。
そんな格言を地で行く夫婦である。
「今年も、かなり豊作だったでしょ。近隣の森でも同じ現象が起きてるみたいで、森の獣たちも肥え太ってた。その獣たちは暖を求めて南下すれば北の魔物たちも追ってくるでしょ」
「南の森にはトゥーラエがいるって話だもんな………ここに降りてくる可能性は十分にある、な」
人の出入りが割と激しいこの町の付近で魔物が出る場所と言えば北の森。首都の方面にある山脈は高く、人が越えるにはかなり厳しい環境である。首都からこのガラムへと来るにはこの山脈を大きく迂回してくるルートしかない。
極稀に冒険者が腕試しにその山脈に登るが、帰って来るものは少なく、その少ない者のほとんどが死にたがりになる。それほどに恐ろしい魔物がそこには住んでいるのだ。
逆に南の森は至って普通の動物しかおらず、魔物の目撃例も普通じゃありえない程少ない。
「それが分かってるから獣たちもこの町を迂回して南の森に逃げ込むんでしょ。町にとっては迷惑な話だけど、最悪南の山脈に籠れば魔物は追って来ない分楽じゃない」
「楽だがなぁ………トゥーラエが牙を剥かないとは限らないだろ」
「心構えの問題よ」
白い大蛇であるトゥーラエは、魔物でありながら討伐依頼が出されない珍しい魔物である。一部の地域では神域を守る神使として崇め奉られていたりもする魔物で、豊かな森にしか住みつかず殆どの時間を寝て過ごすという、至って温厚な魔物である。
ただし、下手にトゥーラエを傷つけたり、トゥーラエの住む森を破壊すると、トゥーラエが襲ってくることもある。稀に冒険者や傭兵が討伐対象として手をだし、旅団ひとつ、村ひとつをトゥーラエが滅ぼすこともある。
「話がずれちゃったけど! 南の森なら安心だけど、北の森にはぜーったい近づいちゃダメだからね? 約束してね、シノちゃん」
「ん」
「この柔肌が傷物になるなんて私許せないもの!」
「そこなのか………」
シンは湯呑を両手で抱えてこくこくとのどを鳴らして飲む。
その様子に頬を緩める似たもの夫婦は、久しぶりに三人並んで寝ようと決意する。
「嬢ちゃん、先にエイファと寝室に行っててくれるか?」
「かたづけ、手つだう」
「シノちゃん! お布団にカバーかけるの手伝って?」
「………わかった」
夕飯も食べ終わり、食器を台所へと運ぶと手伝いたそうにシノに見つめられたシーブは、視線に耐え切れずエイファの元へとシノを押しやる。
食器を洗い終わって乾燥させようと立てかけ、全ての用意が終わったところで水を沸かす。
「エイファ! 桶一つ分でいいか?」
「シノちゃんがいるから平気よ! 二人で拭きっこしてるから!!」
妻と娘が沐浴をしていると聞いて、なんだか寂しくなるシーブだが、女の世界に入と碌なことにならないのを知ってるので、温めたお湯に布を浸して体を拭いて行く。
風呂なんて立派な物は一般家庭にはない。やって温めた布で体を拭くぐらいの文化しかない。入浴するなんてことは王侯貴族や商人のように相手を気にしなくてはならない立場の者しか使用してないし、そんなに水を無駄に使えないので入浴なんてことをする気にもなれない。
「俺も風呂貸してもらえば良かったかもなぁ………」
調理場での仕事は汗を掻く。それはもうびっしょりと。
汗だけで汚れは出ないかとも思われるが、料理は染みつくのだ、臭いが。沐浴ではどうしても落とせない臭いが気になるが、頭から水をかぶるわけにもいかず、シノに嫌われませんようにと祈りながら既に寝巻に着替えているシノと妻のもとに向かうシーブ。
「そうよー、ここに赤ちゃんがいるの」
「けったよ!」
「シノちゃんに挨拶してるんじゃないかしら? おやすみなさいって」
「ん」
「ランプ消すぞ」
「はーい」
魔道具。
魔物が落す魔核という魔力をため込んだ核に光を発する術式を書き込んだ核が入っている、ランプという光を発する魔道具の魔力供給を切る。ランプの光が消え、明かりはシーブが持っている蝋燭の仄かな光だけになる。
「シノちゃんおやすみ」
「嬢ちゃん、おやすみ」
「ん、おやすみなさい………」
三人で横になって、すぐにシノは寝息を立て始める。
普段とは比べられない程の良い環境。隙間風はないし、ベッドは程よい固さを保ち、両脇には安心させるような温かい人達が居てくれる。シノにとってそれは何よりも楽しい時間なのかもしれない。
シノの顔にかかった髪を払いのけ、優しい目をしながら頭を撫でていたエイファが切り出す。
「ねぇ。シノちゃん、魔力量どこまで跳ね上がったと思う?」
二人でベッドの脇に腰掛け、シノを温かいまなざしで見つめながら話をする。
仄かな蝋燭に照らされた二人の手には琥珀色の液体が入ったグラスが握られており、それが長話になるかもしれないことを暗に告げている。
「少なくとも、この町じゃ敵うもんはいねぇと思うぞ? メティオノーラ本人が自分の倍以上の魔力量だって言ってたからな」
その場に沈黙が降り、シノから手を放したエイファの目がすっと冷える。
数刻前シノと一緒にテーブルを囲み、笑顔で温かい食卓を囲んでいた人と同じ人とは思えないほどの変わりようだ。
「あのね、殺気の魔物討伐の話と被るかもしれないんだけど………」
そこまで切り出し、彼女は深呼吸をする。
「この町で、突出した魔力量を誇る人が増えたの」
「なっ………」
個人が得る魔力量と言うのは、基本的にあまり変化が無いものとされている。生涯で増える魔力量は個人差はあるものの平均二倍。それ以上増えることはあまりない。
一般的に魔術師を名乗る人は、生まれつき魔力保有量が多いか、何らかのショックで増えてしまったかのどちらかで、倍以上の魔力量になることはほぼ奇跡に近い。そう簡単に起こることでないから奇跡なのだ。
シノの魔力保有量は少々目を見張るものがあるが、その母である白魔女は国で最高の魔力保有量を持つとされる宮廷魔道師のそれに近い物があったらしいことがある分まだ納得が行く。こと魔術に関しては遺伝することが多いのだ。
「一人は、さっき話した元冒険者の狩人の、一人息子タク」
シーブもエイファもこの狩人とは酒を酌み交わすほどには仲が良い知り合いだ。
元冒険者で、それなりに高ランクであったと聞けば、普通よりも魔力量が多いのが常識である為、奇跡ではなく誤差の範囲、本人の才能とされるかもしれない。しかしその父親が全盛期時代使っていたのが、ただの強化された大斧だと知らなければ。
「もう一人は………この町の管理を任されている男爵の息子アキ」
こちらに関しては異常としか言いようが無い。この町と周辺の属村を管理している領主である下級貴族の男爵は魔力保有量が一般人よりも圧倒的に少なく、戦闘能力も皆無といってもいい細い頼りない奴としか言えない人間だ。
「………でも、それだけなら」
「そう、それだけなら。まだ奇跡の範囲内だったの」
言いたくないけど知ってしまったから。
エイファはシノの為に夫の為に情報を開示する。
「同じような現状が国中で、いいえ、他の国でも起きてるの。それも四歳から十歳ぐらいの人間だけに」
彼女の言葉に対して、シーブが信用しないことはありえない。
エイファはシーブと結婚すつだけに修道女を辞め、魔力保有量が少ないから治癒魔術師という立場をあきらめたとされている彼女だが、それは真実の半分でしかない。
「各地の精霊からの情報なの。昨日の夜、その年齢の多くの人間の子供たちがほぼ同じ夢を見たのかもしれない」
「夢? そこまで大規模になるものだと予言かなにかか?」
子供は感受性が高い。
逆に行ってしまえば、自分の感情を抑える術を知らないから、他人のそれに感化されやすいということなのだが、精霊たちが危惧した未来を、精霊魔術師ではないのに聞き取ったり感じたりすることができたりする。
もしもその夢が精霊たちによってもたらされたものであるならば、エイファが言われていないはずがなのだが、エイファも全ての精霊と言葉を交わせているなんて思っていないので、断言でいない。
「違うの。いえ、あってるかも知れないんだけど。とにかく聞いた夢の内容を話すわね」
白と黒に分けられた子供たちだと思われる沢山の人型。それらが夢の中で『勇者の卵』と『魔王の卵』と呼ばれたこと。一人の白い少年が、三人の黒い少年少女を殺したこと。そして現実に三人の少年少女がベッドの上で死に絶えていたこと。
「それは………予言とかそんなレベルじゃないな、もはや告知だ」
「そう、ただの夢と見るにはあまりにも現実的すぎる」
ベッドの上で死に絶えた少年少女。
前日までは元気に他の同世代の子供たちとはしゃいでいた普通の子供。しかし翌朝親がなかなか降りて来ない子供を心配して様子を見に行ってみれば、白い布団を真っ赤に染めた、子供の変わり果てた姿があったらしい。
抱き上げようとしたら上半身と下半身で分かれる子供に親がどんな気持ちだったか。シーブはこらえきれずに目を伏せる。
「それとね」
重い空気を裂く様にエイファは続ける。
まだあるのか、と目をエイファに向けるシーブ。
「タク君も、アキ君も、この夢に参加してたみたいなの」
「ッ!?」
「まだあるわ。精霊の話によると、昨日の夜中アキ君はこう口走ったらしいわ」
―――さんにんがしんだのはおれのせいじゃないッ!
重たい沈黙は琥珀色の液体がなくなったことで 霧散した。
夜明けまでの数時間、蝋燭の灯りも消し、シノの横に体を横たえた夫婦の頭の中には『勇者』と『魔王』の復活という凶報を胸に押し込め眠りにつく。
夫婦の間には、安らかな表情をしながら眠る、シノの柔らかな寝息が響いでいた。
自分の文章がいかに稚拙かと思い知らされる………
上手くなるにはいっぱい書くしかないのだろうか
次回は明日に更新できると信じてる。
【登場人物整理】
シノ………主人公、五歳、エルドワ家(分家)の居候
シーブ………エルドワ家(分家)の料理人、住込みではなく通い
エイファ………ガラムで町人向けの散髪屋を営むシーブの妻