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Excited Crowd  作者: 頭 垂
第二章:実力の証明
9/46

9!

「あっさだよー」

そんな声と共に腹に上からの重みが伝わる。

リュウはそれほど寝覚めがいいほうではないのか、朝の惰眠をゆっくりとむさぼっている時にこの衝撃である。

あまりいい寝覚めとはいかなかったが、リュウは体を起こそうとする。が、腹の上にはまだ重みが居座っているせいで体を起こすことは叶わない。

体を起こす代わりに瞼をのっそりとあける。すぐに目に入ってきたのは自身の腹の上に腰を下ろし、こちらに満面の笑みを向けてくる小鳥の姿だ。小鳥は昨日とは違うタイプの制服を着ていて、それは黒を基調とした淑やかな雰囲気のあるブレザーだった。

リュウはその姿を見て、もう一度瞼を下ろすと一言つぶやく。

「……重い」

「お、重くないし! 標準体型だし!」

特に意識せずに口からもらした言葉に小鳥は真っ赤になって反論する。何を基準にしての標準体型なのかはわからなかったが、小鳥が標準体型だということはわかった。わかったから早く退いてほしい。腹の上に重しが置かれている感覚というのは意外に辛い。

リュウはそんなことを思考しながら眠る体制に入る。

「てか、ねーなーいーでー」

小鳥が体をがたがたと揺らすので、それに合わせてベッドが揺れ、リュウの体も合わせててゆすられる。

……不愉快だぜ。

リュウはめんどくさそうに手振りで小鳥に退くように伝える。

小鳥はリュウの伝えたいことが理解できたのかできないのかは知らんが、フイッと顔をそらす。小鳥にはとりあえず退く気がなさそうだ。

降りてくれなければ起きることもできないのだが……。

小鳥がリュウを起こしに来たというのは口実で、小鳥はリュウとの間にあった過去を再構築しようとしているだけなのだ。それを知らないリュウにとっては小鳥の行動は不可解でしかなく、苛立ちがたまるだけだった。

と言うか、この子は男の部屋に入ることの意味をわかっているのかな?

いっそ苛立ちを通り越して心配になってきた。まぁ、苛立ちが晴れたわけではないのだが。

「起きろってんなら退いてくれない? そこにいられちゃ起きられないんだけど」

「それはわかるけど、嫌」

いい加減に苦しくなったので口で要望を伝えるが、にべもなく断られる。

嫌、起きろってんなら退けよ。行動と発言が矛盾してません?

布団越しに小鳥の重みを感じることができる。その重みがいい加減にうざくなってきたので、小鳥をはねのけてでも起きようかなー。と、思っていると部屋の扉が開いた音がする。

その開閉音だけでは誰が入ってきたのかはわからないので、そちらに視線を向けてみる。そこには疲れたような表情で目の下にくまを作った九がいた。

「起きてるかー……って、朝からお楽しみみてぇだな。邪魔だったか?」

「いや、むしろグッドタイミングだよ」

リュウは気まずそうな顔をする九に感謝の言葉を述べる。たぶん、このままでいたら遠くないうちに小鳥を殴り飛ばしていただろう。その程度には苛立っていたので九の登場にリュウは感謝していた。

その感謝する体制というのがベッドに横になった状態で少女に馬乗りになられながらというのは、何とも失笑を誘う光景だったが。

「にしても、そのくまはどうしたの? だいぶ愉快な表情になっているけども」

リュウの口調はとてもフランクなものになっている。昨日もしゃべり方こそ今日と大差なかったが、その言葉の端々には硬さが見受けられた。今日はその硬さも取れて、リュウの素が見えているように思える。それと合わせて行動もだいぶフランクになった気がする。

九と同じく小鳥もそのことには気づいていたが、口には出していなかった。口に出したらリュウはまた硬くなってしまう気がしたから。

だが、二人とも心の中では笑みを浮かべていた。そのぐらいのことは許されるだろう。

「あぁ、くまに関しては勘弁してくれ。俺はお前がいなくなったことにも気づかないほどに熱中してあいつと口論していたらしい」

九はそう言いながらため息を吐く。その顔には昨日会った直後のような快活さと覇気は感じ取れなかった。その姿は休日のお父さんのようだ。

と言うか、こんなに和やかに会話しているわけではあるのだが、リュウの上には未だに小鳥が乗っている。

リュウもいい加減に我慢の限界のようで満面の笑みを小鳥に向けている。その笑みは怒りを隠すためのもののようで、その笑みは能面を張り付けているかのような機械的な笑みだった。

さすがにその表情の前では小鳥も笑っていられなかったのか、ひきつった表情を浮かべリュウの上から降りた。

リュウはやっと重しが取れたことで体を起こす。思っていた以上に体は疲労をため込んでいたのかゆっくり眠れた(その眠りを妨げられたからこそ苛立ったのだろうが)。

肩を回したりなど体の動きを確認してしみじみと思うことだが、体が凝ってはいるが昨日よりも軽い気がするのは気のせいだろうか? 気のせいなら気のせいで構わない。気の持ちようで体の動きはそれなりに変わるものなのだ。

「それで? ここに来たのには理由があるんじゃないの?」

窓から見える外の景色は昨日? 眠りについたときから全く変わっている気がしないが、感覚としてはだいぶ長い時間寝ていたような実感がある。

なぜ、昔のボクは時計すらおかなかったのだろうか?

その疑問が鎌首をもたげてきたが、すぐに気付いた。この世界には時間と言うものは必要ないのだ。

空には決して沈まない太陽。そして、この世界には時間が必要なものなど、ほぼ存在しないのだろう。だから、時計が必要ない。うん、考えてみれば納得できると言えばできるね。

「用事もなければこんなところこねぇで寝てるよ……。その程度には眠いしな。用ってのはアレだ。アレ」

「アレでわかるほどボクは君のこと知らないけどね」

「だろうな。今から六階層の攻略会議をするから、お前らに司令部まで来てほしいってだけだ。拒否は認めないから任意同行ではないけどな?」

「なぜに? 小鳥はともかくとしてボクを呼ぶ必要ある?」

これは別に謙遜したわけでも面倒だったわけでもなく純粋にそう思った。まぁ、面倒だという気持ちがなかったとは決して言わないが。

今のリュウは記憶をなくしていて、わざわざ呼びに来られるほど自分が役に立つとは思えなかった。

今の自分ははっきり言ってしまえば只飯ぐらいの不良債権だろう。そんな自分に仕事を任せるにしても肉体労働がメインになるだろうと思っていた。少なからずの知識もない自分が作戦の立案などしても採用されることはないだろう。

「俺もそう思ったんだがな。記憶がないなら改めての自己紹介もかねて連れて来いって言われちまった」

九はそういうとめんどくさそうに自分の後ろ頭をかいた。九もリュウを連れてくることに関して疑問を感じているようだった。

だが、頼まれたらやるという責任感がその顔からは感じ取れた。たぶん、九は面倒事をいろいろと押し付けられて苦労するタイプと見た。

ベッドから立ち上がると大きく伸びをする。それだけで朝特有の倦怠感はどこかへ行ってしまい、頭がやっと回りだす。

「起きたなら行こうぜ」

九はそれだけ言うとさっさと部屋を出てしまった。

取り残されたリュウと小鳥は九の一方的な態度に苦笑いを共有してから、部屋を出た。

「それにしても珍しいよね?」

「何が?」

よね? と同意を求められてもリュウには疑問しか返すことができない。

何が珍しいのか。それ以前にこの世界の基準すらわかっていないのに珍しいも何もあったものではない。強いて言うならこの世界のすべてを珍しく感じる。

小鳥はリュウが記憶喪失だということを思い出したのか慌てて説明してくれた。

「《ナインヘッド》は基本的に大々的な攻略作戦ってのをあんまりしないから攻略会議自体が珍しいのよね」

「なぜに?」

この疑問は攻略会議が珍しいことに対してではない。大々的な攻略作戦をしないと言うあたりに対してである。

ゲームに挑むなら大勢で一つのゲームに挑んだほうが効率がいいはずである。ゲームをクリアするためには情報を集めなければいけない、それを後ろから援護しなければならない、クリアするための最高の編成を作らなければならない。

と、まあ大勢の人が必要になるはずである。だと言うのにそれを個々でやっては無駄が多すぎる。

そんな疑問を抱いていると小鳥が苦笑しながら説明してくれる。

「うちのチームは元々が小さな複数のチームだったのよ。それを合わせたからトップが九人もいるんだけど……」

「九人かぁ……。話がまとまらなそうだね」

二人はポテポテと司令部に向って歩きながら話す。周囲には人の姿はほとんどなく、人がいたとしても忙しなく動いている。

それぞれ違うチームが寄り集まったのなら、思考も攻略の仕方も違うだろう。

「うん、だから元のチームごとに集まってそれぞれで勝手に攻略してるの。と言ってもチームではあるからそれぞれに役割みたいなものはあるのよ? 攻略のための実働部隊、情報収集の諜報部隊、施設の管理とか支援をする輜重部隊、みたいにね」

「それが一番効率よさそうだね」

「でも全部隊が同じゴールを目指して動くことなんて滅多にあるもんじゃないから、ホントに意味ないんだけどね」

小鳥は深々とため息をついた。

確かにこのチームの状況を考えればため息をつきたくもなるだろう。こういうチームのことを烏合の衆と言うのだったか? こういうバラバラなチームをまとめるために有効なのは共通の目的を持たせるか、みんなを引っ張れるようなリーダーシップのあるリーダーがいればいいのだろうな。

まぁ、ボクだったらごめんだけど。こんなバラバラなチームをまとめるのは普通に胃に穴が開きそうだ。

でも、それぞれに分けたのだってデメリットだけではないメリットもある。

まず、デメリット。一つ目はさっき話題に上がったように全体が同じ方向を向いていないからか行動に整合性がない。これでは他のチームよりも攻略に時間がかかってしまって仕方がないだろう。二つ目はリーダーを乱立させたことによる意見の不一致。これでは一つの議題を論じて結論を出すだけでも時間がかかってしまいそうだ。

そして、メリットはチームとしてクーデターが起こる可能性が限りなく低いということ。一つのチームがクーデターを起こしても、他のチームがすべて手を取り合えばすぐに制圧できてしまうから、抑止力が働く。

メリットデメリット、どちらもあるので《ナインヘッド》の現状が悪いとも良いとも一概には言えないのが辛いところだろうね。

「ついでに付け足すなら私も、リュウもそのリーダーの一人なのよね」

「ボクも?」

「そう。リュウも」

「ふーん」

小鳥がリーダーの一人と言うことは昨日の自己紹介のときに知ってはいたが、リュウがリーダーだということにリュウ自身驚いた。反応こそあまり濃くはないが、その実内心では相当驚いていた。昨日自分が記憶喪失だと知った時よりも驚いているかもしれない。

それと同時に少し面倒なことだなと思っていた。自分がリーダーと言うことはイコールで部下がいるということだ。それはめんどくさそうだ

「リュウはチームじゃなくてもともと一人だったんだけどね。だから、リーダーと言うよりはナインヘッドの幹部って言ったほうが正しいかもね」

「……良かった」

「何?」

「なんでもない。こっちの話だよ」

小鳥はリュウの独り言が少し耳に入ったのか疑問符を浮かべながらこっちを見てくるが、それになんでもないような表情を返す。だが、内心では小さくガッツポーズをしていた。

誰かに指示を出したりするよりは一人で動いたほうが楽そうだ。足手まといはいらないほうが良い。

そう考えてしまうあたりリュウは自分の力に自信を持っているのだろう。無自覚にだが。

その後も《ナインヘッド》の情報を色々と小鳥に教えてもらっているうちに司令部の扉の前についた。

小鳥は一度嫌そうな顔をした後、扉を開けて部屋に入っていった。

リュウは数度、深呼吸をして心を落ち着かせる。落ち着かせるほどにリュウの心は波打っていなかったが一応念のために。


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