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Excited Crowd  作者: 頭 垂
第一章:眼前に広がる未知
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7!

九の休憩が終わり、九が説明の続きをしようと立ち上がった時にタイミングよく部屋の扉が開いた。

「ふあ~ぁ……ねむっ」

部屋の扉を開けて入ってきたのは……なんというか品のない男だった。

髪は手入れがされておらずぼさぼさでありながら品を損なわない程度には整っていた。服装はジーパンに趣味の悪い大きな髑髏がプリントされた黒のTシャツを着ている。その服装よりも何よりも気になるのは彼の左目の下にある十字架に蛇が巻き付いているような柄のタトゥーだろう。そのタトゥーは髑髏のシャツと合わせて反骨心を現しているようにも見えた。

服装からはだらしなさこそ見て取れるが信用できなさそうな要素などない。ならば、なぜ信用できなさそうだ、などと思ったかというとその男から微量に漂う雰囲気が原因だった。その男は必要であれば昨日一緒に飯を食ったやつでも容赦なく背後から撃ちぬけるんだろうな。直感的にそう思ってしまった。

「ん? あれ、五彩じゃん。生きてるとは思ってなかったぜ」

男はリュウを見るなり驚いたような表情をして、そう評してきた。

リュウはその言葉に不快そうな表情をあらわにしたが、すぐにその表情は不思議そうな表情に変わる。

……五彩って誰のことだろう? 男は自分のことを見ていったのだから自分のことだろうというのは理解できた。……やっぱ、昔の自分のことはいらないとかかっこつけたのはちょっと失敗だったかもしれない。

今更ながらにさっきかっこつけたことをリュウは後悔していた。後悔先に立たず。その後悔も不要なものとリュウは断じて廃棄した。

「その発言はちょっと聞き逃せねぇな。『生きてるとは思ってなかった』? やっぱてめぇが今回の主犯か」

「ありゃ、やっぱばれてた?」

「ばれてた? じゃねぇよ。てめぇがいま言ったんだろうが!」

九は今にも男にとびかからんばかりの怒気を男に向けている。

その姿を見ていた宰はやれやれと肩をすくめているが、小鳥は九と同じようにあふれんばかりの殺意を男に向けている。

男はそんな二人を見て軽薄そうに笑った。

「別に俺が何をたくらんでいたとしても同じことだろう? だっていつものように五彩は俺の奸計なんて振り切ってここに座っているんだからな。だろ? 五彩」

 男はリュウに笑みを向けるがリュウは首をひねるだけで何も答えない。

男の言葉に答えたのは九だった。

「俺だっていつものようにこいつがお前の奸計を食い破ってここにいるのならいつもみたいにお前にちょっとお小言を言って終わりにしようと思えたかもな。だが……今回てめぇはやりすぎた」

男は九の言葉が理解できないのか首をひねっている。それも仕方のないことだろう。九は激情に駆られているからかその発言には明らかに言葉が足りていない。

男は説明を求めようとリュウに視線を向けてくるが、リュウから説明できることなど何もなくただただ首を横に振ることしかできない。

次に、小鳥のほうに視線を向けるが小鳥は殺気ムンムンの目で見てきていてそちらに視線を向けるのもつらい。最後に男は宰にすがるような視線を向ける。宰は一つ息を吐くと腰を上げた。

「早矢も長々と説明されるのは嫌でしょうから現状だけを簡単に伝えましょう。ここにいる我らが《ナインヘッド》の実質的トップこと五彩さんは記憶を失っているらしいのですよ」

「へ?」

さすがにリュウが記憶を失ったことは意外だったのか男は間抜けな声を漏らす。

この間の抜けた声を聴くのは何度目なのだろうか。いい加減に嫌になってくる。この声を聴くたびに自分の状況がこんな変な世界に遭っても普通ではないということを再確認させられる。ボクの状況が愉快じゃないってもとはボクが一番知ってるよ。

「ちょ、ちょっと待て。五彩が記憶喪失? 冗談も休み休み言えよ」

そう言いながら男はこの部屋にいる人間に視線を回すが、男が期待していたような反応は得られない。

男は自分のやったことの重さを受け止めたのか、俯き体を震わせている。

その姿を見ても特にリュウは何か思うことがあったわけでもない。この男が自分に何かしたということは話を聞いていればなんとなくつかめることだがこの男のことも何をされたのかもわからないのに何か思えというほうが無理があるだろう。

だが、他にすることもなかったので何の気なしに見ていると男からくぐもった笑い声が聞こえだした。最初こそ堪えていたようだがすぐに大声で笑い出す。

九は椅子を蹴倒して立ち上がると男のことを睨みつける。

「てめぇ……何がおかしい!」

「カカカッ、これが笑わずにいられるか。一番邪魔な人間が記憶喪失になった? 最高じゃねぇか。超クールだぜ! これで俺が《ナインヘッド》のトップになる日も近いな」

「……ざけてんじゃねぇぞ!」

九は男の胸ぐらをつかみあげ、吊り上げる。身長は男よりも九のほうがだいぶ小さいのに男の足は床から離れている。

激高しながら自分を吊り上げながら、鬼の形相で九が自分を睨みつけているというのに男は楽しそうに笑い続ける。

その笑い声に耐えかねたのか九が腕を振り上げるのを押さえることで宰が止める。

「離せ! こいつは殴らにゃ気が収まらん!」

「そこを抑えてください。早矢の発言には私も少し思うところがありますが、早矢を殴っても状況は好転しません。落ち着いてください」

リュウは三人が争っているのを見ても、なんかわちゃわちゃやってるなー。ぐらいにしか認識していない。

強いて何を考えていたかというと、早く説明の続きをしてほしいなー、ぐらいだった。男同士のくだらない喧嘩を見たくてここに来たわけでもない。こんなのを見るぐらいだったら寝たほうがましだ。

そう考えたリュウは、男に敵意を向けながらも傍観に徹している小鳥に話しかけた。

「ねぇねぇ」

「何?」

「あの男の人ってどんな人なの? 話を聞いてる限り、早矢って呼ばれていることぐらいしかわからないんだけど」

「そう。あいつの名前は早矢。もっと正確にフルネームで言うなら八木 早矢(やつき はやね。性格はとことんまで利己的で自分の利のためなら平然と何食わぬ顔で仲間の頭を打ちぬける男よ。あと、リュウの記憶がなくなる原因作ったのもたぶんあいつ」

小鳥は早矢の話をしている間、ずっと不愉快そうな表情をしていた。何か早矢と小鳥は因縁でもあるのだろうか?

あと、さっきの自分の直感が当たったのでリュウは心の中で薄くほくそ笑んだ。

「うん。聞いたはいいけどどうでもいい情報だね。全くと言っていいほど興味の食指が動かないよ」

「リュウの記憶を失った原因を作ったかもしれないのに?」

「あぁ、そうだとしても興味はないね」

小鳥にはリュウの思考が理解出来ていないようだ。

このことはリュウが知る由もないことだが、リュウは記憶が消える以前からこんな思考のもとで生きていた。

過去というのはもう決定してしまった確固たる現実である。それを変えようとするのも否定するのも無為なことだ。

その思考は記憶を失ってしまった今でもリュウの中にはしみついていた。だが、その記憶がないリュウはただ何となくで否定したような気になっているので、小鳥が首をひねってこちらを見てきても説明できないのである。

リュウはめんどくさいことを聞かれる前にこちらから話題を変えた。

「ま、それは置いといて。ボクが昔ここで暮らしてたってんならたぶん僕の部屋ってあるんでしょ? そこに案内してくれない?」

「それはいいけど……何で?」

小鳥はそう言いながら九たちのほうを見ていたので小鳥が言いたいこともリュウには把握できた。

つまり、あの喧嘩が終わった後に話の続きを聞かなくていいのか? ということだろう。だが、いつ終わるともしれない喧嘩を座って眺めているというのは気が滅入る。

それに他人の喧嘩なんて見たとしてもさほど楽しいものではない。他人の喧嘩を楽しく見ていられるのは自分に全く関係ないところでやっている時と祭りのときのように気分が上がっている時だけである。

残念ながら今回はそのどちらにも当てはまっていない。

あの喧嘩はリュウに関してのことだし、それほど今は気分が上がっているわけでもない。寧ろ、ダウナー気味である。そんなリュウに喧嘩をしている人間と同じ部屋でその喧嘩が終わるまでを座して待てというのは拷問以外の何物でもないと思う。

要するにリュウの気持ちを一言で表すとするなら。喧嘩するなら他所でやれ。といった感じである。

リュウは自分から席を立ちあがり、小鳥を促した。小鳥はその姿にまだ多少疑問を持っていようが、リュウの後について部屋を辞した。

「あ、お疲れ様です。小鳥は私がいなくても問題を起こさないでくださいね」

「わ、わかってるわよ!」

喧嘩の仲裁役で一番余裕のあった宰だけがリュウたちの行動に気づき、軽く挨拶を送ってきた。

その挨拶の途中で釘を刺された小鳥は顔を真っ赤にしながら声を荒げた。

その小鳥の姿に笑顔を浮かべながら宰は喧嘩の仲裁に戻っていった。なんというか、宰はお父さんみたいな存在なのだなぁと思った。


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