44!
「おい、マダム・スカーレット。覚悟しろよ」
『あらぁ? 女に守られてた情けない男が何を言っているのかしらぁ?』
リュウはマダム・スカーレットの声には耳を貸さずに目を閉じる。体にまとっていた紫電をすべて千鳥に収束させる。
そして、大きく千鳥を振りかぶり、振り下ろす。ただそれだけ。リュウの体の端々が切れ、血がにじむ。
場は静寂につつまれている。リュウは自分の仕事は終わったと言わんばかりに千鳥を腰の鞘に戻す。
チン、と鍔なりの音が聞こえる。その瞬間、マダム・スカーレットの一年分の力を注いで作り上げた城壁の中心に一本の線が引かれる。その線を起点にして紫電があふれ出し、城壁を包み込んだ。
包み込んだように見えたのは一瞬。すぐに城壁は崩れ落ち、城壁の奥に腰を抜かして地面に座り込むマダム・スカーレットの姿が目に入ってきた。
マダム・スカーレットの顔には余裕などひとかけらもなく、驚愕と恐怖に染まっている。
リュウは体の痛みなど気にせずにマダム・スカーレットのもとに歩を進める。
マダム・スカーレットは震えながらも手を前にだし、真っ赤な粒子を発生させる。
粒子はさっきのような棘になり、リュウのもとに飛んでくる。
リュウはそれに向けて腕を横に一振りする。リュウの腕の軌跡に沿うようにして紫電が宙を舞い、すべての棘が迎撃される。
マダム・スカーレットはもう一度粒子を発生させようとするが、粒子は遅々としか出てこない。しかも、それらは固まらず宙に溶ける。
リュウがマダム・スカーレットの前に立つ。
マダム・スカーレットはリュウの姿を見上げ、震える。
「ボクの仲間を害した罰だ。消えろ」
リュウが腕を振り下ろし、極大の紫電が降ってくる。その紫電がマダム・スカーレットに当たる直前にマダム・スカーレットの姿がかき消えた。
リュウは視線を周囲にめぐらす。すると、背後から声が聞こえてきた。
「こいつを殺させるわけにはいかないね」
振り向くと目深にフードをかぶった男が脇にマダム・スカーレットを抱えている。マダム・スカーレットは微動だにしない。たぶん、気絶でもしているのだろう。
「久しいな」
「そうだね。でも話をしている暇はなさそうだ。帰らせてもらうよ。また会える日を楽しみにしてるよ『雷神』」
フードの男はそう言い残すとまた消える。その消え方は虚空に消えると言うよりは超高速で動いたような消え方だった。
リュウが振り返ると、イリスがリュウの胸に飛び込んできた。その衝撃でリュウは尻餅をついてしまう。
「お兄さん……何で逃げなかったんですか!? 一歩間違えれば死んでたかもしれないんですよ!?」
「間違えなかったからボクは生きてるし、イリスを救えた。それで十分でしょ?」
リュウは笑いながらイリスの頭をなでてやる。
「それに、ボクなんかのことは良いよ。イリスは無事?」
リュウの問いかけにイリスは声に出さずに首をぶんぶんと縦に振った。
抱きついているイリスの体から震えが伝わってくる。相当怖かったのだろう。
「怖かっただろ? もう大丈夫。もうお前を害する奴はいないよ。ボクが抱きしめててあげるから。もう怖くないよ」
イリスがリュウを見上げてくる。その目には大粒の涙が浮かんでいて今にも決壊しそうになっている。
イリスの目が訴えてくる。もう泣いていいの? 我慢しなくていいの?
リュウはただ首肯する。いいよ。ボクがイリスの涙を受け止めてあげるから。
リュウが頷いたことでイリスの涙が決壊した。イリスは声を上げながらワンワンと泣く。その姿は年相応の子供のようで、ひどく脆く見えた。
リュウは一言も発さずに静かにイリスの背中をなでてやる。そのリュウの優しさでイリスの泣き声はより大きくなる。
リュウはイリスの暖かさと涙を静かに受け止めてやっていた。その時のイリスを見るリュウの目は慈しみであふれていた。




