43!
マダム・スカーレットの掌中からさっきとは比べ物にならないほどの濃度の粒子が流れ出す。
「鮮血の城門」
その粒子が形どったのは見上げるほどの大きさの城門。城門と言うからにはもちろんのこと大砲などの火器も充実している。
合計七門の大砲にリュウは目を向ける。
「七雷槍」
紫電でできた七本の槍がリュウの周りに現れる。その七本の槍はそれぞれの大砲に向かって放たれる。
紫電の槍が大砲を貫く。
すると、紫電の槍は大砲の中にズブズブと沈んでいき、飲み込まれてしまった。
『無駄よぉ。この城壁には私の溜めこんだ一年分の力を注ぎこんでるのぉ。この城壁は鉄壁よぉ。それにこの城壁は直接私の胃袋とつながってるのぉ。これに触れたものは全部私の胃袋に入るのよぉ』
城壁に目と口が浮かび上がる。その口から聞こえてくるマダム・スカーレットの声はどこか得意げだ。それだけこの城壁に自信があると言うことなのだろう。
なら、これをぶち壊せばマダム・スカーレットの心をへし折れるはず。
「千鳥、全開全力の一撃でこの城壁をぶち壊す。手伝え」
『了解だぜ、旦那!』
『わたくしは攻勢には参加できかねます。ですので……』
咲夜がリュウの手の内から離れる。咲夜の刀身が薄く光ったかと思うと、そこに咲夜の姿はなく薄紅色の着物に身をつつんだ女性が立っていた。
女性の身を包む薄紅色の着物には桜が書かれていてそれがまた女性の雰囲気によく合っていた。
「僭越ながら、旦那様をお守りさせていただこうかと思います」
女性は帯の中から扇子を取り出した。女性は扇子を開くとそれで優雅に口元を隠した。
「頼む、咲夜。溜めるまでちょっとの間無防備になるから」
「えぇ、この命に代えましても旦那様の身をお守りさせていただきます」
この女性は他ならぬリュウの愛刀、咲夜が人型を模したときの姿である。
人型をとれることからもわかるかとは思うが、咲夜はただの刀ではない。咲夜はある少女がソロを使って魂を宿した霊刀だ。
普段は刀として精いっぱいリュウのサポートをするが、非常時には人型になってリュウを守ることもできるのだ。
咲夜がリュウを守るようにしてリュウの前に立つ。
その後ろ姿を見てリュウは安心したかのように地面に腰を下ろし、自分の目の前に千鳥を置く。
リュウは座ったまま目を閉じ、微動だにしない。そのリュウに七門の大砲が向く。
『放ちなさぃ』
その大砲が一斉に火を噴いた。
大砲から射出されたのは真っ赤な砲弾。その砲弾は当たったらただでは済まないだろう。
だが、その砲弾が自分に向かってきていると言うのにリュウは目を開けないどころかピクリともしない。
「あらあら、わたくしがいると言うのに旦那様を狙うとはいい度胸ですわね?」
咲夜は薄く微笑む。その微笑みは作り物めいて見えるほど美しく整えられた笑みだった。
だが、見る者の背筋を凍らせるような凄絶さを笑顔の裏にひそめていた。
咲夜は手に持っている扇子を軽く一振りする。その扇子の軌跡を追うようにして砲弾が爆発する。
砲弾は爆発すると真っ赤な煙になった。その煙がどこからか吹いてきた風によって流される。
煙が晴れたそこには咲夜が悠然と立っていた。
「わたくしの存在意義は旦那様に向けられる悪意をすべて打ち払うこと。わたくしがいる限り旦那様には指一本触れさせませんわ」
咲夜がそう言っている間にも城壁に取り付けられている大砲が火を噴き、間断なく咲夜のもとに砲弾が放たれる。
「情緒がありませんわね。もう少し余裕を持ったらいかが?」
咲夜は体を動かしながら扇子を振る。
その様はまるで舞い踊っているかのように洗練された美しさを持っている。
咲夜が扇子を振るうたびに砲弾が爆散する。その煙が晴れる間もなく次の砲弾が煙を超えて突っ込んでくる。
その繰り返しを何分つづけただろうか? 咲夜の感覚では優に十分は超えているだろう。
咲夜の額には玉のような汗が浮かんでいる。その汗の粒は咲夜の顔を流れ落ち、顎から地面に垂れる。
咲夜の足もとは咲夜の汗のせいですっかりぬかるんでいた。
『すっかり余裕がなさそうねぇ。最初の頃のあの余裕ぶった表情はどこへ行ったのかしらぁ?』
城壁に浮かぶ口からいやらしいマダム・スカーレットの声が漏れ聞こえてくる。
もう咲夜にはそれにこたえてられるほどの体力は残っていない。
意識は朦朧として油断するとすぐに倒れてしまいそうだ。まだ舞っていられるのは偏にリュウへの忠誠心のおかげだ。
背後ではリュウがまだ集中している。その集中を自分が害してはいけない。
その思いだけが咲夜の体を舞わせていた。だが、その空元気もいつまでもは持たなかった。
ぬかるんだ地面に足を持っていかれて転んでしまう。すぐに立ち上がろうと足に力を入れようとするが、足は咲夜の意思に反して痙攣している。
『あらぁ? もう終わりなのぉ? つまらないわぁ。それじゃあ死になさぃ』
大砲から砲弾が飛んでくる。
咲夜は最後の力を振り絞って膝立ちになり、リュウの前に壁になった。
一瞬でもリュウに届くのを遅れさせることができればいい。
そう思いながら目を閉じる。
だが、咲夜の体に砲弾が届くことはなかった。
咲夜が薄く目を開くと、そこには自分が信じてやまない主の姿があった。
リュウはさっきとは比べ物にならないほどの量の紫電を体にまとっていた。リュウの背中に砲弾が当たっているが、紫電のおかげかリュウの顔には全く苦痛の色は見られない。
そのリュウは咲夜から少し目を逸らせながら、咲夜に向けてぶっきらぼうに言った。
「無理を押しつけて悪かったな。感謝する」
リュウはそれだけ言うと咲夜に背を向け、城壁に正面から向き合う。
咲夜の心は、さっきまでの苦しみなどとは比べ物にならないほどの喜びで満たされていた。
たった一言の労いの言葉。それをもらっただけで咲夜はどんな褒美よりも満たされた気分になった。咲夜の体がまた薄い光に包まれて刀に戻り、リュウの腰にある鞘に戻る。




