4!
階段を下りてみて分かったが、階段からその階に行こうとするところには大体重厚な扉があって、移動の最中に中をのぞき見ることは叶わなかった。
階段を下りること数分。
一向は大きな扉の前に立っていた。その扉の記憶はリュウの中にはなかったのだが、その扉の前に立つと不思議と安心感があった。
コン……ココココン……コン、ココン。
その扉を九が一定のリズムでたたくと扉が内側から開けられた。周囲の人間も粛々と入っているので彼も何となくその流れに従って中に入った。
扉を隔てた室内は別の世界のようだった。
扉の外は廃墟のような雰囲気があって、人の気配も希薄だった。だが、扉を挟んだここは高級ホテルのロビーのようだった。隅々まで掃除の行き届いたこの場所がさっきの場所と地続きだなどととてもではないが想像がつかない。だが、現実はそうなのだから受け入れるしかないよな。
リュウは現実味のない世界だというのに驚くほど簡単に受け入れることができている自分に驚いていた。
リュウがこの空間を見ていろいろと考え込んでいる間に九以外は三々五々に散ってしまった。
「俺らも行くか」
「行くって……何処に? ボクは記憶がないんだよ。行くってもどこに行けばいいのか」
「あぁ、わかってる。だから、案内するからついてこい」
そういうと九はこちらの返答も待たずに歩いて行ってしまう。
まぁ、ボクも他に何をすればいいのかわからないのでついては行きますけどね。
九の後を追いながらリュウは周囲に目を配る。なんというか、外にいるときはわからなかったが意外と人がいるもんだね。
「ここは外とだいぶ違うだろ?」
「そうだね。正直驚いたよ。外とはまるで別の世界みたいじゃないか」
「だろ? まぁ、ちょっと前まではここまできれいじゃなかったんだがな。二階層を攻略したら今ぐらいになったんだ。さすが『夢幻の塔』だ。俺たちにはわからない不思議であふれているよな」
「『夢幻の塔』?」
『夢幻の塔』。その言葉を聞いたとき心がひどくざわついた。落ち着かないというか、不安になるというか。
たぶん、その言葉は自分の記憶のキーになっているかもしれない。そう思い、記憶を必死にあさってみるが、全くと言っていいほど思い出せることはなかった。
そのことに少しがっかりしていると九が笑った。
「『夢幻の塔』も覚えてないか。ま、いいや。ついたらまとめて教えてやるよ」
釈然とはしなかったがあとで教えてくれるというのなら別にそれでもかまわない。とりあえず情報が入ればいいのだ。
どんな手段を使っても情報だけは集める。それが生き残るためにいちばんひつようなことだからね。ボクの身を守るためにも。あいつらの身を守ってやるためにも。
……ん? あいつらってのは誰だ? だけど今の考えは記憶を失う前のものかもしれない。しっかりと覚えておこう。
九の後ろを一歩引いて歩いているのだが、リュウが通る道にいる人間は軒並み僕に視線を向けている気がする。実際に周囲を見てみるとそれが気のせいではないことがよくわかった。その視線から嫌なものは感じなかった。むしろ好意的な印象すら覚える。が、こちらのことをじろじろと見ながら周囲の人間とヒソヒソ話されるのはいい気分じゃない。リュウが一際大きな集団に強い視線を向けるとその集団は蜘蛛の子を散らすようにパッと散って行ってしまった。
「なんなんだアレ? 不愉快だね」
リュウの呟きが聞こえていたのか九は苦笑しながら振り返ってきた。
「ま、そういうなよ。あいつらはお前の悪口を言っているわけじゃないんだから少しくらい勘弁してやれって」
「それは分かるけど……」
「あいつらは安堵してんだよ。お前の無事な姿を拝めたんだからな。ま、実際には全然無事じゃないんだが」
ま、傍目からはわからないだろうけど実際にはボクの記憶は飛んでるわけだしね。そりゃ無事なんて言えないよね。
「なんでボクの姿を見ると安堵するの?」
「そりゃあ、《ナインヘッド》の英雄様ですし? お前がいたからナインヘッドはここまでの組織になったんだ。お前がいなくなったらどうなるかなんてここに住む奴はみんな知ってるからよ」
「話の前後がつながっていないような気がするんだがね」
「ま、それも後々話してやるから安心しろって」
そういうと九はまた前を向いて歩きだした。
そのあと、程なくして九は一つの扉の前で立ち止まる。そのまま何の躊躇いもなく扉を開け、部屋に入る。九は部屋に入るとすぐに振り返ってこっちを見た。
「ついたぜ。ここが俺たち《ナインヘッド》の中枢。指令部だ。お前の感覚では初めて来た感覚なのかもしれんが、一応俺の感覚に合わせてもらうぜ。お帰り、リュウ」
九はそう言ったがリュウの感覚でも初めて来たというよりは戻って来たという感覚に近いものがある。
だから、リュウもこう返すのがいいような気がしてこう言った。
「ただいま」
そう言いながら部屋に入ると自然とその部屋の空気が体になじんだ。そのことが自分は昔ここにいたんだなという実感になって体を不思議な安心感がつつんだ。なんというかこの部屋の空気はとても自分に合っているというか、自分のことを受け入れてくれているようだ。そんな気がした。