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Excited Crowd  作者: 頭 垂
第四章:強がりと意地と
39/46

39!

「抜かったわねぇ。昔のあなたならこんなへまは絶対にしなかったでしょうねぇ」

リュウはマダム・スカーレットに注意を割くあまり、周囲への警戒を怠った。そのせいで背後から忍び寄っていた存在に気付けず組み敷かれてしまったと言うわけだ。

「クソっ……!」

必死に拘束から逃れようとするがそう容易に抜け出ることはできない。

リュウは強い。それこそマダム・スカーレットや宰クラスの化け物でなければ相手ができないほどには。

それほどには性能の高いリュウと言えど、複数人の男の拘束を逃れられるほどの筋力は持ち合わせていない。

これは前しか見えていなかったリュウの完全なる失策だろう。

「無様ねぇ。あなたこんなに弱かったかしらぁ? 今のあなたにはそれほどの恐怖を感じないわぁ」

「……如何せん記憶がないもんでね。ソロの使い方ってやつも記憶にないんでね」

「ふぅん。そうだったのねぇ。そのおかげで労せず私はあなたのことを食べられるのならラッキーねぇ」

万事休すかな。九たちはまだ戦っているだろうし、自分にはこの拘束を逃れる手立てはない。

だが、諦めると言う選択肢は端からない。諦めるぐらいなら死んだほうがまし。どっち道死ぬんなら少しでも可能性のある方に賭けたい。

「あ、その前に前菜食べようかしらぁ」

マダム・スカーレットはそういうと手を鳴らした。

すると、マダム・スカーレットの後ろの木々の間から一人の男が出てきた。

その男が手に持っているものを見てリュウは絶句した。

「イリス……?」

「ごめんなさいお兄さん。抜かりました」

イリスは沈痛そうな表情をしている。

「私たちだって情報ぐらいは集めてるのよぉ? この子のソロぐらい知ってるわぁ」

要するにイリスのソロを知っているからその崩し方も理解しているのだろう。

イリスのソロは種がわからない限りはほぼ無敵だが、種さえわかってしまえば驚くほど簡単に崩せるものでもある。

情報をつかまれた時点でイリスは戦力外になるのだ。

マダム・スカーレットはイリスを見て舌なめずりをする。その唇が湿り、ぬらぬらと淫靡な光を宿している。

それを見ただけでイリスは恐怖に表情を強張らせた。

恐怖に彩られたイリスの表情を見たマダム・スカーレットは艶やかな笑みを深めた。

「その表情良いわねぇ。恐怖に染まった表情っていうのは最高のスパイスになると思うのぉ」

そんなことを言いながらイリスの柔肌に唇を近づけてくる。

「マダム・スカーレット。あなたに願いがあるのですが」

「へぇ……?」

マダム・スカーレットは興味深そうにしながらイリスの腕に近づけていた唇を遠ざける。

「聞くだけ聞いてあげるわぁ。それを叶えてあげるかは別だけどねぇ」

「感謝します。私の願いは一つだけ。私はどれだけ残虐に食べても構わないのでお兄さんは逃がしてくれませんか?」

「は……? イリス、お前何言ってんの」

イリスの言葉は実質的な敗北宣言。そして、無様な命乞いだ。

リュウはイリスの正気を疑って声を上げる。イリスの言葉をリュウは承服するわけにはいかない。

イリスの願いをマダム・スカーレットが聞き入れた場合、リュウはイリスの屍の上で生きながらえると言うことだ。

そんなことをしてまでリュウは生き残りたいと思っていない。自分の嫁を殺してまで生きながらえたいと思えるほどこの世界に執着はない。

記憶を失って実質的には一度死んだ身だ。そんなリュウがもう一度死ぬことに躊躇いなどあるはずがない。

「へぇ、可愛らしい愛情ねぇ」

マダム・スカーレットはイリスの願いを聞いて楽しそうに唇をゆがめる。

その表情は新しいおもちゃを見つけた子供のそれに酷似していた。

「いいわぁ。あなたは生きたまま、体から切り落とさないままに食べてあげるぅ。その代わりに柳は助けてあげるわぁ」

「ありがとうございます」

「イリス、ふざけるなよ! マダム・スカーレットがそんな口約束、履行すると思ってんのか!? そいつはお前の意識が途切れる直前にボクも殺すと言ってお前を絶望に突き落とすのが目的だぞ!」

「酷いわねぇ。そんなことはしないわぁ」

「黙りやがれ!」

リュウの口調からはすっかり普段の柔らかな言葉遣いが抜けきっていた。

リュウも声を荒げながら内心驚いているのだ。この荒っぽい口調は自分にしっくりきている。そのことに驚きが隠せなかった。

だが、そんなことに驚いている暇はなどない。

リュウは喉よ燃え尽きろと言わんばかりに声を張る。このリュウの声でイリスが考えを改めてくれたらそれでよかった。

だと言うのに、イリスは儚げな笑みを顔に浮かべるだけだった。

「それでもいいのです。あなたが生き残る可能性が1%でも出るのなら。私が命を張る甲斐があると言うものです」

「ふざけんな! ボクはお前の死の上に成り立つ生になんてしがみつく気はねぇんだよ! おい、マダム・スカーレット! イリスを殺さねぇでボクを食らいやがれ! もし、イリスにその汚ねぇ歯ぁつきたてやがったら是が非でもおめぇのその首掻き切ってやるからな!」

リュウはそう言いながら全身から殺気を燻らせる。

リュウを上から抑えている男どもはその肌から漏れ出る殺気に一瞬ひるんだが、マダム・スカーレットの視線を浴びてすぐに力を入れなおした。

「あなたには何もできないわぁ。そこでこの子が食べられるのをおとなしく見ていなさぃ」

マダム・スカーレットはそういうとイリスに口を近づけていく。

リュウはイリスに視線だけで逃げろと伝えるが、イリスは儚げな笑みを浮かべてリュウを見つめるだけだ。

ふと、イリスの唇が動いた。その唇の動きからイリスが何を伝えたいのか必死に読み取る。

あ・り・が・と・う。い・き・て・ね。

イリスの唇はそう伝えていた。

その目の端には涙の粒があるのが見える。怖いのだろう。それでも必死にリュウが生き残れるようにと自分の命を投げ出そうとしている。

蟒蛇の仇討をするために出てきたのに、そのリュウの自分勝手な行動に付き合ってくれたリュウの大事な人間が喰われようとしている。

……ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!

その姿を見たリュウは心から記憶を失っている自分を呪った。ソロが使えない自分を呪った。大事な女ひとり救えない自分の弱さを呪った。

自分を構成するすべてを呪いながらリュウは心の中で慟哭する。

何故自分は今こんなクソどもに押さえつけられているのか! 何故自分はイリスひとり救うことができないのか!

イリスが救えるのならこの体のすべてをくれてやる! この命など欠片も惜しくはない! だから、誰でもいい。ボクに力をよこしやがれ!

『くははっ。この旦那も救いようがねぇや。記憶を失ったらもうちょいましになるかとも思ったんだがな』


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