36!
「あの二人は大丈夫かな」
「それは心配するだけ無駄ですよ」
「何で?」
「心配したところで私たちにできることなど一つもありませんからねぇ」
リュウと宰は軽口をたたきながら、うっそうと生い茂る木々の間を縫うようにして進んでいる。
足場は悪く、道も蛇行していて走りづらいことこの上ないはずなのだが二人はそのことを気にも留めずに疾走する。
二人のスピードはこんな悪環境の中にあっても、話をしていたとしても少しも緩むことはない。《ナインヘッド》の化け物と呼ばれる二人にとってはこんなもの悪環境の内に入らないらしかった。
走りながらも気配を探る。
あのマダム・スカーレットのまとわりつくような気配は忘れようとしても忘れられない類のものだ。その感覚を頼りにしながら木々の間を駆ける。
マダム・スカーレットの位置を探りながらも周囲に敵がいないかの確認を忘れているわけでもない。
どちらの索敵も完璧にこなしつつの進軍。
この二人はその気になれば二人で一組織を削り取れるほどの猛者だ。
『四大孤高』に数えられる……いや、数えられていたリュウはもとより宰も相当な実力者だ。
そんな二人の索敵を逃れられる人間など滅多にいない。
「それにしても、あの二人はどこで出てくると思う?」
「見当がつきませんねぇ。マダム・スカーレットのそばにべったりと言う可能性も否定しきれませんし、私たちを狙って息をひそめている可能性だって少なからずあります。あの二人の実力は未知数ですので考えが及びませんね」
リュウの問いに宰は飄々と答える。
その口ぶりは思わせぶりで何か知っているのではないかと勘繰りたくなるような不思議な声音をしていた。
だが、リュウは深く追求しようとはしない。
面倒と言う考えがなかったわけではなかったが、それ以上にリュウの意識を占めるものがあった。
やっと見つけたのだ。
気配を見つけただけで背筋を悪寒が伝う。そんなマダム・スカーレットの気配を見つけてしまってはリュウでもそちらに意識を割かざるを得ない。
その一瞬の意識の隙を利用した襲撃だった。
音もなく、もちろんリュウに気付けるはずもなく。そんなタイミングで襲撃を仕掛けてきたのはマダム・スカーレットのそばにいるはずのお付きの二人だった。
一人の手にはナイフが。もう一人の手には小刀が握られている。
その凶刃がリュウの首に触れる直前。二人の襲撃者は何を感じたのか体勢を変えると、リュウの首は狙わずに地面に降り立つ。
二人の襲撃者は最大限の警戒の目を向けている。
リュウではなく、その隣でニンマリと狂気に染まった笑みを浮かべている宰に。
「リュウ。先に行ってください」
「? 何で?」
リュウは未だにマダム・スカーレットの気配から正確な位置を探るために気を集中しているため、襲撃があったことに気付いていない。
そんなリュウは宰の言葉に首をかしげる。
「いえ、私は少し野暮用ができまして」
「野暮用って?」
「それを聞くのは野暮と言うものですよ」
宰は適当な口調ではぐらかそうとしている。
いかなリュウといえど、どれだけ気を抜いていたとしても殺意を向けられれば気づかないなんてことは決してない。
自分の首を狩られそうになるまで敵に気付かないなんてことはもっとない。
そして、今のリュウは宰と共に最大級の殺意を向けられている。
だと言うのに、なぜリュウは襲撃があり、襲撃者がすぐそこにいることに気付けていないのか?
簡単なことだ。そして、それは襲撃者の二人がリュウを襲えずに二の足を踏んでいるのと同じ理由だ。
この場所すべてを覆うような勢いで宰の内から殺意が溢れ出ているのだ。
その殺意は狂気に染まった殺意とでも言おうか。すべての物をのみこまんばかりの、すべての物を侵食せんばかりの量の殺意だ。
この殺意に包まれているリュウは宰が意味もなく猛っていると思っている。
他のすべてのリュウに向いている感情をリュウに届かせないほどの殺意。
襲撃者の二人はそれを肌で感じて宰のそれをソロなのではないかと疑ったほどだ。そうとでも考えなければ納得がいかないほどの殺意だ。
この殺意はソロでもなんでもない。ただ、宰がこの世界で生きているうちに身に付けたものである。
その殺意を受けた人間の足を地面に縫い留め、動きを封じる。そして、その殺意は他の一切の感情を透過させない。
宰の殺意をじかに浴びたものは震えあがり、二度と宰の前で立ち上がることはできなくなった。
そのことを事前情報として知らなかった襲撃者の二人がソロと思い込んでも仕方がないだろう。それにこの殺意にはソロと違って名称が存在しない。これもソロとは違うところだろう。
「ま、言ってくださいよ。私もすることしたら行きますから」
「……そこまで言うなら。先に行ってくるよ」
「えぇ、すぐに追いつけるように努力します」
リュウは結局、襲撃があったことなど全く気付かずにマダム・スカーレットのいる場所に向かって駆け出した。
不意に宰の殺気が緩み、二人の足が動くようになる。
「それでは改めまして……戦いましょうか。《鮮血の夜》の秘蔵っ子、のお二人?」
宰は何の気負いもなく、十文字槍を構える。宰の顔には深く、濃い狂気の笑みが浮かんでいた。
《鮮血の夜》のメンバーであろう二人の表情は顔に着けてある似合わない仮面のせいでわからないが、息をのむ気配が伝わってくる。
宰が何の前触れもなく二人組のもとに突っ込んでいく。
一対二。理性の皮を脱ぎ去った残虐な獣による一方的な蹂躙の始まりだ。




