30!
「どこに行こうとしているのですか? まぁ、大体予想がつきますが」
「一人で行こうとすんのは少しばかり水臭いんじゃねぇか?」
「そうですよ。私はお兄さんと一緒にいたいのに、前も置いていって……」
そこには見慣れた顔ぶれがそろっていた。
イリス、九、宰。三人とも完全装備をしている。イリスは結婚指輪代わりにあげた咲夜を抱えている。九は腰のホルスターに漆黒の銃身の銃を二丁入れている。宰はいつもの十文字槍を肩に担いでいる。
その姿を見る限りリュウについてくる気は満々のようだ。
「ついてくるつもり?」
「無論だが? お前だけが蟒蛇の件でキレてると思ったら大間違いだぜ」
九のその言葉は本音が三割と言ったところだろうか。
たぶんリュウを一人で行かせないためにここで待っていたはずだ。今の言葉はリュウに気を使わせないためのものだろう。
宰もイリスも九と同じ意見のようだ。
「ボクは一人で行くつもりだよ。これはボクの個人的な報復。他の人間を巻き込むわけにはいかないよ」
「おいおい。お前がそういうのなら俺たちも勝手にお前の後ろについていくだけっていうことになるぜ?」
「もうあきらめたほうが良いと思いますよ?」
リュウはついてこないように言うが九たちは聞く耳を持たない。
こいつらは気づいているのだろうか? 今からリュウが行くのは敵が罠を待ち構えていることが安易に分かる場所。そこに行くのは自殺と大差ない。
リュウがそれを言おうとするとその言葉に先んじて九が口を開いた。
「おっと、お前が言いたいことはわかっているつもりだぜ? 危険がある? 知ったことか。勝ち目がない? 知ったことか。俺たちはお前と一緒になら死んでもいいと思ってるんだぜ?」
「そんなのは結構だよ。死ぬにしても《ナインヘッド》の被害は少ないに越したことはない」
「はっ。お前がいない《ナインヘッド》なんざ何の意味もねぇよ。お前がいなきゃ遅かれ早かれ俺たちは終わりだしな」
九は自分の言ったことが真実だと思っていた。
《ナインヘッド》が一応でも固まれているのは圧倒的な戦力を保有しながらも誰にも肩入れしない……いや、全員に肩入れすることで中立を保っているリュウがいるからだ。
リュウは《ナインヘッド》のメンバーの誰が傷つけられたとしても、今回のようにそのことに誰よりも怒りを示し、行動を起こすだろう。
そのことを《ナインヘッド》の誰もが知っているからこそ、リュウは《ナインヘッド》の実質的トップと言われるぐらいに信頼されているのだ。
それにリュウがいなくなったら《ナインヘッド》は内戦が勃発するだろう。
リュウと宰は単独で《ナインヘッド》の他のメンバー全員を殺戮することが可能だ。その程度にはリュウも宰もとびぬけた実力を持っている。その実力は記憶を失っても健在だと言うのは実証済みだ。
宰もリュウがいるから暴れないでいるに過ぎない。リュウと言う抑止力を失った宰は制御の利かない核融合炉と同じだ。
以上の理由が《ナインヘッド》的にリュウを死なせるわけにはいかない理由。
九は個人的にもリュウを一人で行かせたくない理由があった。
リュウの記憶を失ったことは自分の責任だと九は思っていた。だから、もう二度とリュウに危険な目に遭ってほしくなかった。
リュウを一人で行かせないためなら九は何でもする覚悟だ。
「お前が一人で行くってんなら俺はお前の両足をへし折ってでも止めてやるよ」
「へぇ、できるの?」
リュウから尋常じゃないほどのプレッシャーが放たれる。
さすがに《ナインヘッド》最強と言われている人間はレベルが違う。今のプレッシャーを真正面から浴びたせいで膝が笑い出した。
それでもここを退くわけにはいかない。
行かせたことを後になって後悔するぐらいならば今此処で本気のリュウに殺されたほうがましだ。
九は冗談でもなくそう考えていた。
「九は面白いこと言いますねぇ。いいでしょう。私もそれに付き合いましょう。九一人ならともかく私も同時に相手にした場合、あなたに《鮮血の夜》と戦うだけの体力が残るとは思えないのですが」
宰が九の横に来て九の作戦に乗ると言ってくる。
それだけでリュウから放たれるプレッシャーがそれほど気にならなくなってくるから不思議だ。
宰もリュウと同程度の実力の持ち主だ。若干リュウにはある一点で劣るだろうが、それを除けば《ナインヘッド》内でリュウとまともに遣り合える稀有な人間が宰だ。
その宰が自分と共に場合によってはリュウと相対してくれると言っている。
これ以上に心強い味方の存在は九には思い浮かばなかった。
「それに、仲間に傷ついてほしくないと思っているのはあなただけではないのです。蟒蛇の報復のためにあなたが傷ついたと知って一番傷つくのは蟒蛇なのですよ?」
さすがにこの発言にはリュウも口をつぐんだ。
蟒蛇のためを思って……いや、それは言い訳だね。自分勝手な報復で蟒蛇が傷つく。これにはさすがのリュウも無視できない。
リュウはもう九の言葉に屈しかけている。
だが、リュウ自身の誰にも傷ついてほしくないと言う思いが最後の支えになって九たちを拒もうとした。
その言葉を発しようとしたとき、今まで静かだったイリスが口を開いた。
「……お兄さん。私をまた一人にするつもりですか?」
イリスは泣きそうな声でそうつぶやいた。
リュウがいなくなったら《ナインヘッド》内にイリスの立場がなくなるだろう。そうなったらまた四谷がイリスを殺すと言い出さないとも限らない。
九たちはイリスを擁護してくれるだろうが、リュウと言う後ろ盾がなくなったイリスはどちらにしても《ナインヘッド》内での立場は悪くなるだろう。
その言葉でリュウの心の最後の壁が砕けた。
「もうついてくるなら勝手にすればいいよ。だけど、一つだけ約束してよ。勝手に死なないでね」
リュウはそれだけ言うともう拒もうとはせずにすたすたと一人で歩いていってしまう。
その後ろ姿を見て九たちは嬉しそうに笑みを浮かべた。
あの頑固なリュウが折れてくれた。そのことがとてもうれしかった。
「死んでやるかよ!」
「えぇ、死にませんとも。あなたは生きている限りもっと面白いものを私に見せてくれると信じていますから」
「私もお兄さんを絶対に一人になんてしません!」
リュウはまだ不安を持っていたがその不安は飲み込むことにした。
背後にいる仲間は《ナインヘッド》の中でも最高に信頼のおける人間たちだ。みんながついてきてくれることに感謝しながらリュウは口元に笑みを浮かべた。




