24!
リュウは特に勝ち誇ることもなくただ淡々と四谷を見下ろしている。そんなリュウに後ろから声がかかった。
「お兄さん、何で止めたんですか! 私はまだ戦えました!」
イリスは元気なものだ。さっきの首に薙刀の穂先が迫っている時だって一瞬たりとも目を閉じていなかった態度は称賛に値するだろう。
得物をはじかれたうえで勝てるなんて大言壮語かとも思ったが、イリスの声は負け惜しみを言っているようには聞こえず、至って真面目だった。
「ま、そうかもしれないんだけどね。あの状況だったらイリスが死ぬ可能性のほうが高かった。ボクはイリスを失いたくないからね
リュウはそう言いながらイリスの頭をくしゃっと撫でる。
これだけで不満そうにしながらも口を閉じるのだから、イリスはとても扱いやすいなと思った。
「それじゃ、あとよろしく。鍛錬の途中だったろうに邪魔して悪かったね」
そういうとリュウはイリスを抱き上げ、お姫様抱っこする。そして、逃げるようにして鍛錬場を後にする。
あれ以上あの場所にいたらリュウまで雰囲気に充てられて喧嘩を始めてしまうところだった。ふぅ、危ない危ない。
鍛錬場を出るとすぐに違和感に気付いた。
普段との相違点がその違和感につながったのだろう。なんというか廊下も含めてだが、《ナインヘッド》のホーム内に嫌な雰囲気が充満していた。
「何か変ですね」
「そうだね。いつもよりあわただしいね」
そうイリスと言葉を交わしながら、リュウは足を司令部に向ける。
司令部なら何かしら情報が転がっているだろうし、九もいるだろう。そう思ったうえでの判断だった。
司令部に近づくにつれ、歩く人々を包む違和感が増大していく。
この違和感の正体は……焦りと危機感かな? リュウの鼻に着いた匂いたちはその二つが蔓延していることを伝えた。
これは急いだほうがよさそうだ。そう思って足を速める。
司令部の前にはたどり着いたが、イリスを両手で抱えているせいで扉が開けられない。
イリスはリュウの両手に抱かれながらスヤスヤと穏やかな寝息を立てている。走ったことによる振動が心地よかったのだろう。
だが、これではイリスを床に下ろすわけにもいかない。イリスを起こすことなどは論外だ。どれだけ急いでいようと幼女の睡眠を妨げるわけにはいかない。
どうしたものか。そう思って佇んでいると司令部の扉が内側から開かれた。
「お、よかった。捜しに行く手間が省けたぜ」
司令部の中から出てきたのは九だ。九は焦っているようで額には玉の汗が浮かんでいる。
「とりあえず入れ。話はそれからだ」
九の招きに応じて司令部に足を踏み入れる。
司令部に入った瞬間にリュウの鼻に新鮮な血の匂いが入ってきた。中に怪我人でもいるのか? そう思って司令部の中を見渡していると、入口近くの壁に接しておかれているソファーの上に小鳥が寝ていた。
小鳥は明らかに憔悴しているようで、息が荒い。体のところどころには包帯が巻きつけられていて、満身創痍と言った体だ。
「これ、どうしたの?」
「今は時間が惜しいし、あとで全員そろった時に説明しようと思っていたが状況だけ伝える」
九は息を落ち着けて、扉に手を掛けながらリュウに言った。
「小鳥は《鮮血の夜》と交戦したらしい。小鳥は何とか逃げてこれたが、六野が《鮮血の夜》のボス、マダム・スカーレットにつかまっているらしい」
九はそれだけ言うと司令部を飛び出して行ってしまった。たぶん、他の幹部を集めに行ったのだろう。
九が部屋から出て行ってからもリュウの頭の中では九の言葉が何度も反響していた。
《鮮血の夜》と交戦した? 六野、蟒蛇がまだ捕まっているだと?
居ても経ってもいられなくなった。蟒蛇とはそれほど付き合いが長いわけではない。リュウの実感ではまだ半月程度の付き合いだ。だが、付き合いの長さなどリュウは気にならないらしい。
そう思った時にはリュウの体は動きだしていた。
イリスを小鳥とは反対側のソファーに寝かせると、イリスの頭を軽くなでる。
「行ってくるよ」
名残惜しそうにイリスの頭から手を放すと、リュウは司令部を飛び出した。
が、すぐに脇から声を掛けられた。
「どこに行く気ですか」
部屋を出るとすぐに声を掛けられた。
そこには壁にもたれかかるような姿勢で宰が立っていた。その肩にはいつぞや見た朱塗りの十文字槍があった。
「宰……聞く必要ある?」
「ですね」
リュウが一瞬の間も置かずに答えると宰は苦笑をリュウに向けた。
宰のスタンダードな表情はこの苦笑のようだ。いつもこんな表情をしているように思える。それだけ苦労が多いのだろうな。
「ですが、何をするのかあなたの口から直接お聞かせいただいても?」
「そんな暇はないんだけどね」
そう言いながらもちゃんと答えるリュウは律儀な性格なんだな。
「蟒蛇を助けに行く。蟒蛇が敵に捕らえられてるって聞いただけで居ても経ってもいられなくなっちゃってね」
「そうですか。それなら私もお供しますよ」
「いいの? 九にボクを引き留めるよう言われてるんじゃないの?」
「えぇ、ですが。引き留められないようなら一緒に行ってこいとも言われてますから」
「そう」
リュウはそれだけ言うと宰には目もくれずに駆け出した。
今は一分一秒が惜しい。もう立ち止まってなどいられない。そんなリュウの一方後ろを宰がついてくる。
後ろからクスリと笑った気配がした。その時の宰はいつものような苦笑ではなく、楽しげな笑みを浮かべていた。




