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Excited Crowd  作者: 頭 垂
第三章:開戦の号砲
22/46

22!

二人で笑いながら話をしているうちに鍛錬場についた。

そこの扉も周囲と同じように、他の扉との間隔が同じなのでそこが鍛錬場だなんて普通にしていても気づかないだろう。

鍛錬場のほかの部屋との違いは扉の横に鍛錬場と書かれた木の板が置いていることだけである。

「本当にここが鍛錬場なんですか? 周りの部屋と違いがあるようには見えないんですけど……」

「だよねぇ。だけど中のほうは全然違うんだよねぇ」

そう言って苦笑しながらリュウが扉を開く。

扉を開いた二人に熱気と掛け声がぶつかる。リュウはそれを受けても平然としていたが、イリスは身構えてしまった。

トンネルを抜けるとそこは雪国だった。これではトンネルが別世界への扉のように扱われているのだが、この世界の扉にもそんな役割がある。ある種の転送装置のような気がするが、だれもこの扉の原理は知らない。

部屋に入ると訓練している人間の姿が目に入ってきた。

男も女もそこにいる人間は皆真剣な表情で汗を流している。その鍛錬は大体が一対一の模擬戦闘のようだ。

それぞれが持つ得物はそれぞれだが、戦闘能力にそれほどのばらつきは見えない。そのおかげか良い訓練になっているように見える。

一か所を除いて。

一か所だけ戦闘力の差が浮き彫りになっていた。薙刀を持った女とメリケンサックをつけた男で打ち合っているのだが、男は床に垂れるほど汗をかいているというのに、女は涼しい表情で男の攻撃をいなしている。

決して男の技術が拙いわけではない。男の腕はその周囲で打ち合っている人間たちよりかは高いように見える。だが、女の実力には遠く及ばない。それこそ赤子と大人の勝負のようだ。

「ほらほら。攻撃の線が単調になってきているよ。もっと強く打ちこんでこい」

「はいっ!」

女は男の動きを指摘するほどの余裕があるようだ。男は女に指摘されたように動きを複雑にしていく。

その男の動きを的確にいなしながら、女は男の足を払う。男の体は対して力を入れていなかったような蹴りで転ばされてしまう。

倒された男の眼前に薙刀の切っ先が突きつけられる。勝負あったようだ。

「参りました」

「よし。動きも前に比べればだいぶ良くなったようだな。これに慢心せず、日々の鍛錬に励むように」

「はいっ!」

女の手を借りて男は立ち上がると、きびきびとした動きで女の前から歩き去って行った。

それを見送ったところで女はリュウたちに鋭い視線を向けてきた。

「さっきから何でこっち見てるの? 不愉快なんだが」

そう言いながらこっちを睨みつけてくる。《ナインヘッド》内でこんなにはっきりと真正面からリュウとイリスに敵意を向けてくる人間は一人しかいない。それは四谷だ。

あの一件以来、四谷とは険悪な関係になっている。

リュウとしては幹部内に不和が生まれるのを避けたかったのだが、四谷自身がリュウたちと歩み寄る気がないようだし、イリスは四谷を嫌っているようだし、何よりリュウ自身四谷を好きではなかった。

要するに四谷と良好な関係を築く気は今後ともないと言うことになる。わざわざ敵対している人間と仲良く手を取り合う気など毛頭ない。敵は敵だ。味方になりえないものにまで気を使っていられない。

そのことを九に言ったら眉間をもんでいたが、知ったことではない。

「あなたこそなんで私たちの前にいるのですか? 不快です」

「あそこで鍛錬をしているのはうちの部下だからな。お前たちに傷つけられたのではもったいない」

「そんなことするわけないじゃないですか。私だって相手くらい選びます。あなたの部下なんて殺したら手が獣臭くなるじゃないですか」

「……獣はどっちだか。自分の利のために他人を惨殺するなんて私には考えられない」

二人は言い合っているうちに徐々にピリピリとした雰囲気を発してきた。

その二人の雰囲気に充てられたのか、鍛錬をしていた四谷の部下まで集まってきた。

「よっ」

「あ、どもっす」

四谷の部下たちはリュウの姿を見て、軽く頭を下げてくる。

リュウは四谷のことを敵と認識しているが、四谷の部下はその限りではない。この世の中には坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという言葉もあるが、リュウはそんな考えは持ってはいなかった。

リュウが不愉快に思うのは四谷だけ。四谷の部下に非はない。リュウはそういうところの考えがひどく理性的な男だった。

四谷の部下たちもリュウのことを敵ではなく、《ナインヘッド》の幹部と認識しているので敵対はしていない。

四谷の部下たちはリュウに視線で状況の説明を求めてくる。リュウはそちらに近づいていき、軽く事情を説明する。

端的に、四谷とイリスが喧嘩しているだけだ、と。

それを聞いた面々は納得したような表情でうなずいている。

もう《ナインヘッド》内にもイリスが入っていることは流布されている。それと合わせて、四谷とイリスが喧嘩していることも。

「そういえば、リュウさんは雑ざらないんですか?」

「何で?」

「俺たちが聞いた話じゃ、イリスさんのことで姐さんと仲が悪くなってるって聞いたんスけど」

皆はイリスのことをさん付けで呼んでいる。それもそうだろう。

イリスはリュウの部隊のたった一人の構成員だ。と言うことは必然的にイリスは副隊長、《ナインヘッド》の幹部候補と言うことになる。

目上の者には敬語を使う。

礼儀に厳しい四谷の部隊らしいなと、リュウは他人事のように思った。実際に他人事なのだが。

「あぁ、それね。隣に明らかに自分より冷静じゃないやつがいると逆に落ち着けるよね」

「あぁ……。その気持ちわかるッス」

さっきからリュウとの会話を引き受けている男はリュウの言葉に深く頷く。

その男はさっき四谷と打ち合っていた男だ。たぶん副隊長なのだろう。細身の体には適度に覇気をまとっている。その覇気も大したものだが、《ナインヘッド》の幹部と比べると心もとない。これが幹部と幹部候補生の違いか。

その男は左目の瞼の上から大きく縦に刀傷がついているのが特徴的だった。

「これどうする? イリスはボクが止めるとしても、四谷はたぶん止まらないと思うよ」

「そうッスよねぇ……。うちの隊長は適度にガス抜かないと矛収められないと思うッス」

要するに一度戦いかなんかで苛立ちを発散させろと。

困ったな。四谷クラスと遣り合える奴なんてそうそういないよね。四谷は諜報部隊の隊長とはいっても幹部。そんな四谷と戦って死なずにいられるのは同じ幹部だけではなかろうか。

平時ならともかくとして、今の四谷に手加減なんて期待できない。

「それなら、この二人に戦わせたらいかがでしょうか」

「それが一番なんだけどね。最悪殺し合いになった時の収拾は……って誰?」

どうしようかなと悩んでいる時に背後からちょうど良く話しかけられたから答えてしまったが、その声は明らかに四谷のところの副隊長とは違った。

その物腰柔らかな声は……。

「その時は私が四谷を止めましょう」

「やっぱり宰か」

振り向くといつものように知的な雰囲気を携えた宰がいた。

確かに宰ならば四谷を止めるのは問題ないだろう。この前の<イリス>攻略のときのあの殺気。あれだけのものが出せるなら四谷を止めるぐらい造作もないだろう。

「なら、まずは止めますか。これ以上はまずそうだしね」

「ですね」

目をそらしている間にも二人は険悪な会話を続けていたらしく、二人に間の空気はもう引き返せないところまで悪化している。

イリスは携えた咲夜の鯉口を切ろうとしているし、四谷は薙刀を持つ手に力を込めているように見える。何か合図になる音でもあればすぐにでも本気の殺し合いを始めるだろう。

そんなときに誰だかはわからないが、手に持っていた武器を手から零し、乾いた音が鍛錬場に響き渡った。

二人が足を踏み出そうとしたとき、

「はい、止まってねイリス」

「あなたもですよ、四谷」

リュウがイリスの幼い肢体を抱きしめ、宰が薙刀のみねを踏みつける。それだけでイリスも四谷も完全に動きを封じられてしまった。


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